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シムーンは文学

 「Fateは文学」という言葉がありますけれど、リンク先によれば、これはTYPE-MOONファンを突付いておちょくるキーワードであるとのこと。

 辞書的な意味でいったら、別にFateを文学と呼んでもたいした間違いではないように思います。絵も音もあるけど、あれはやっぱり言語表現が中心の作品でしょうし。
 しかし、揶揄に使う人も、本気で使うファン(の一部)も、そんな辞書的な意味で「文学」という言葉を使ってるわけでもない。
 揶揄に使うからには、Fateではふさわしくないような定義を「文学」という単語に与えているのだろうし、賞賛に使うなら、他のエロゲやラノベではふさわしくないが、Fateならふさわしい定義を与えているのです。
 ということは、「Fateは文学」というキーワードをどういうものと認識しているかによって、その人の文学観を窺い知ることができます。


 私の場合はどうだろう。
 あんまりFateが文学とは思っていません。
 「シムーン」なら文学だと思います。字で書いてない作品ですが。

 ところで、「文学」とだけいわれると、まあ芥川龍之介やら夏目漱石やらが書いたようなもの、つまり純文学を指してると思う人が多いでしょう。
 「Fateは文学」にも、多くの人は純を補って読んでるんじゃないでしょうか。「Fateは娯楽文学」とか「Fateは通俗文学」とかだったら、さっぱり間違いに思えませんし。

 正直、私は純文学なんて大して読んでなくて、まあちゃんとした読書人には笑われる程度の読書量。文学とは何ぞや、みたいな大上段に構えたネタを振るのはおこがましいと自分でも思うんですけどね。
 しかしまあ、いわゆる文学作品の中にも私が気に入っているものがいくつもあるし、それらの何を面白がっているのか、というのも、自分の中に大まかながら見出せる。

 いい純文学を読むと、一読したあとは、まだ作品の内容を半分も理解できてないな、と感じるのです。
 読んでる最中から意味わからないようなのは放り出します。そうじゃなく、読んでる間は面白く読んでるのに、読み終わってみると理解してる気がしない。
 そもそも理解すべき内容がない、というのも違って、むしろ「これは理解できたらすごいものに違いない」という確信がある。
 それを自分で勝手に読解して遊ぶのが楽しい。
 つまり「深読みの楽しみ」というくらいの一言にまとまってしまうかなぁ。

 深読みが面白い作品は、私の経験では純文学から探すとよく見つかる。
 つまり、深読みできる作品が文学です、と強引に繋げてみよう。逆は必ずしも真ならず、とは言いますが無視。

 太宰でいえば、「ダス・ゲマイネ」が一番文学です。
 シムーンはまさに深読みを楽しむアニメだから文学。
 アニメからはちょくちょくそういうのが見つかって、「絶対少年」も文学だと思うし、「true tears」は普通に恋愛ドラマとして捉えてもいいだろうけど、深読みしたほうが断然面白かろうと思います。
 ゲームだったら「腐り姫」が文学。でも「forest」になると私にゃ深読みする糸口もつかめないほど意味がわからんから、文学かもしれないけど判断不能。

 Fateがそれに該当するかといったら、私にはちょっと違った。
 ただ読んだら面白かったから、深読みしようと思いませんでした。だからFateは文学ではありません。
(深読みできないから低俗だとか質が落ちるなんて話ではないです。深読みできるという人があっても、それもまたおかしいことでもありません)


 あなたの文学観はどうでしょうか。