気付いてる人が何人いたかわかりませんけれども、先日より少しずつ過去ログを減らしていっておりました。
そしてこのたび、すべてのログを消去し終わりましたので、この「最強の伊織派blog」の閉幕を宣言いたします。
つってもまあ、ログの中で時事ネタではないものについては、sfrenatezze.comのどこかに、またHTML化して公開するつもりなんですけれどね。
なんかね、blogという形でサイトをやることに、だんだん嫌気がさしてしまっていてですね。
発売されたばかりの漫画やラノベの感想がわーっとそこらじゅうのblogに書かれて、それをニュースサイトがざーっとピックアップして、何千人という人たちがだーっと読んでいく、というスピード感あふれる効率的なネットのシステムが、どうも私には合わんようです。
ヤングアニマルで「ホーリーランド」が最終回を迎えようとしてるんですけど、ブームの頃にネットでどれだけ騒がれたかを思えば、今はずいぶん静かなものです。
長い連載でしたけど、私は飽きずにずっと好きな漫画だったし、8年間の積み重ねを締めくくるマサキ戦は素晴らしかった。
けれど、もうネット的にはホーリーランドなんて過去の作品で、森節とか毎日5000回とかをネタとして消費し尽くしてしまった抜け殻、くらいの扱いに思えます。(と煽ってみたら、偶然これを見かけた人がblogになんか書いてくれるだろうか)
連載が終わる前から話題性が失われていくというのは、まあどんな作品でも多かれ少なかれあるでしょうが、初期にネットで盛り上がるとその傾向が極端になるように思います。
DMCなんかもう、アニメ化実写化と騒ぐアニマル誌面と、ネットの飽きムードが随分食い違ってしまってますよねえ。
それでも漫画は年スパンで連載が続くからまだしもマシですけど、三ヶ月か半年、毎週どんどん集中的にやって終わってしまうアニメはもっと極端だ。
ほとんどの作品は、放送が終われば速やかに話題から消え去り、名前も出てこなくなる。
まあこれはネットの速さ云々以前に、最近の多くのアニメがそういう消費の仕方をするように作られてるからだ、とも思うんですけれど。
すぐに把握できるキャラ、見所を迷わないストーリー、インパクトの強烈なシーンが並んで、それでDVD買ってくれる客を掴んで、そして放送が終われば速やかに忘れられて次の番組に注目してくれるような、そういう作品がいいんですよね。
これは決して悪いといってるわけじゃなく、たとえばコードギアスなんて、ことインパクトに関してこれほど尖ったものもなく、私も大好きです。あれは面白い。
しかしそんな中に、ちゃんとじっくり見ないと掴みきれない作品が出てくると、さっぱり消化されないまま大雑把に話題にされるだけで、結局やっぱり放送が終わると消えていく。
私もこのblogで、「シムーン」について早すぎる段階から無理に騒いでしまった。失敗だったなぁ。あんなの、一度二度見たくらいでは尻尾も掴めないような作品だったのに。
それで後悔してたから、同じ西村純二監督の「true tears」ではほとんど何も言わずにいたんです。放送が終わって、さらに何度も見直し、城端に出向いて現地の空気を吸ってきて、山と浮かんできた言いたいことを整理して。
そんなことしてたら、もう話題は次のシーズンのアニメで、ネット的なネタ価値は下がってしまってる、と。
このスピード感がどうにも辛い。
作品がもったいないな、と思えてきてしまった。
何年も前、ToHeartやらシスプリの頃には、もっと作品ひとつひとつを長くじっくり楽しんでたはずなんですが、いつからこんなに右から左に消化するように楽しむようになっちゃったんだろうなぁ。
結局、ネットの風にあてられてたんだろうと思うのです。面白いから一日も速く書かないとならん、目立つような書き方をせにゃならん、という調子で。
だから、この流れの速いネットの最前線とでもいえるblogという形で何かやるのは、もう止めにしたいのです。
今後はまた、手書きで静的なXHTMLファイルを並べる形の、昔ながらのやり方に戻そうと思います。
私の書くものが面白いと思ってくれる方には、今後はトップページの方を更新しようと思いますので、そちらをブックマークしていただけると幸いです。新しいことや、ここの過去ログ(の一部)はそちらで公開にします。
特に私に興味や関心がない多くの方につきましては、たまたま興味があることを検索したときに、sfrenatezze.com内のページがヒットすれば、そのときには読んでやってください。
「まあ、いい」馬場はそう呟いて微笑んでみせたが、いきなり左手で顔をひたと覆って、嗚咽(おえつ)をはじめた。芝居の台詞(せりふ)みたいな一種リズミカルな口調でもって、「君、僕は泣いているのじゃないよ。うそ泣きだ。そら涙だ。ちくしょう! みんなそう言って笑うがいい。僕は生れたときから死ぬるきわまで狂言をつづけ了せる。僕は幽霊だ。ああ、僕を忘れないで呉れ! 僕には才分があるのだ。荒城の月を作曲したのは、誰だ。滝廉太郎を僕じゃないという奴がある。それほどまでにひとを疑わなくちゃ、いけないのか。嘘なら嘘でいい。――いや、うそじゃない。正しいことは正しく言い張らなければいけない。絶対に嘘じゃない」
私はひとりでふらふら外へ出た。雨が降っていた。ちまたに雨が降る。ああ、これは先刻、太宰が呟いた言葉じゃないか。そうだ、私は疲れているんだ。かんにんしてお呉れ。あ! 佐竹の口真似をした。ちぇっ! あああ、舌打ちの音まで馬場に似て来たようだ。そのうちに、私は荒涼たる疑念にとらわれはじめたのである。私はいったい誰だろう、と考えて、慄然(りつぜん)とした。私は私の影を盗まれた。何が、フレキシビリティの極致だ! 私は、まっすぐに走りだした。歯医者。小鳥屋。甘栗屋。ベエカリイ。花屋。街路樹。古本屋。洋館。走りながら私は自分が何やらぶつぶつ低く呟いているのに気づいた。――走れ、電車。走れ、佐野次郎。走れ、電車。走れ、佐野次郎。出鱈目な調子をつけて繰り返し繰り返し歌っていたのだ。あ、これが私の創作だ。私の創った唯一の詩だ。なんというだらしなさ! 頭がわるいから駄目なんだ。だらしがないから駄目なんだ。ライト。爆音。星。葉。信号。風。あっ!太宰治「ダス・ゲマイネ」より
しかしこんな理由をでっち上げてみたけれど、よく考えたら単に飽きただけだと思う。
ところで、「立つ鳥跡を濁さず」といいますが、そういう常識に従うのもなにかつまらないし、濁していくネタをひとつ抱えておりましたので、個人的な憂さ晴らしも兼ねて、わざわざ跡を濁そうと思います。
このblogも、「ネギま!」がまだ2巻しか出てなかった頃に立ち上げて、今まで随分長くやってたものです。
およそ楽しかったことばかりでありました。
私に楽しいことを持ってきてくれた多くの人に感謝しています。
嫌なことは……ほとんどなかったのですけれど、ひとつだけ大きいのがあります。
かつて私がネギまネタを中心にこのblogを回していたところ、ある方が、当方のネタ記事に対して本気で怒っていたそうなのです。
仮にQさんとしておきましょう。別にQというイニシャルだというわけじゃありません。違うというわけでもありませんが。
というかイニシャルQのハンドル名乗ってる人は普通に考えてほとんどいないだろう、と思ったら、花見沢Q太郎先生がいました。当たり前ですが、この件とはまったく関係ありません。
Qさんはまず、自分のblogで私の記事へ言及していたんですが、何が言いたいのかさっぱりわからないほど迂遠な文章でした。文句をつけてるということすらわからないくらいです。
、それで対応のしようもなく、放置とする他にありませんでした。別にメールなどの、私への直接コンタクトは一切ありませんでしたし。
その頃、Щさんという方がおりました。山さんじゃないよ。
Щって何だよ、といわれるとキリル文字なんですが、アルファベットではQ以外に滅多に頭文字にならなさそうな文字がなかったんで。
なおロシア語でも、多分Щが頭文字にはならないから、「きっとこれはサンクトペテルブルク在住ミーシャ・イワノヴィチ・ヴォズネセンスキーのことに違いない」と勘ぐっても多分間違います。
ところでミーシャは男の名前(ミハイルに対する愛称)だ……というネタは「とある魔術の禁書目録」で先に使われてしまいました。なんか鎌池先生に先を越されるのは微妙に悔しい。この気持ちは禁書愛読者ならわかってくれると思います。ちなみにロシア以外の国ではミーシャという女性も居ます。
ともかく当時、Щさんの管理するサイトは一躍人気を集めて、界隈最大手といっていいような地位にまで瞬く間に上り詰めていきました。
Щさんは行動力のある方で、界隈で面白いサイトを見つければどんどん管理者にコンタクトを取って人脈を作っており、私とQさんも声がかかり、いわば「友人の友人」といった位置に繋がることになってしまいました。
例によって私は淡白ですし、Щさんの好みもあったのでしょう、Qさんの方が私よりЩさんと親密にしていたようです。
そうなってしばらく経ったある日、mixiでЩさんが突然、「あの記事は問題があるから削除すべき」などと私にメッセージを送ってきました。
その時点で結構古い記事でしたし、私としては何が問題かもわからない。意図を問いただしてみてももうひとつ要領を得ず、何度かのやり取りの末、大人気なさに定評のある私のこと、「そもそも人のサイトの記事を削除しろなどと命じる権利はないし、理由もはっきり言えないなんて話にならん」とキレてしまいました。
するとЩさん謝りつつ曰く、「Qさんが削除するように言えとゴネた」という裏があった。
Щさんに対しては、私の方も大人気ない対応したところもありますし、言ったことが間違いだったと謝ってくれましたから、今更別に恨みも怒りもありません。
しかしQについては、もうあれから何年も長い時間が過ぎておりますが、謝罪の一言もございません。ないので当然、こちらの怒りも消えてなくなることはありません。
Qの言い分以前の問題として、自分のケンカを自分でやらんその卑怯な態度。その後もバっくれたまま、のうのうとネギまネタでサイトを回し続けたその厚顔無恥。
およそこのような恥知らずは、もっとも唾棄すべき人間だと私は思っております。
こせこせしていて滑稽で、しかも残忍極まる。とても人間の類とは思えんな!
大体ねー、Qのサイトが時々「あわせて読みたい」に挙がってくるのが実にファックな気分になるのですよ。ファーック。
まさかあのファック・ヤロウのファック・ブログと、このblogとの読者が被ってるなんて考えたくもない。まさか似たような芸風だと思われてるのだろうか。私はあいつのblogなんて、独りよがりの小理屈並べて知ったような口利いてるだけのくせに、妙に傲慢さが行間から滲み出すようなイヤな影があるファック・ブログにしか見えないのに。
それに引き換え私のブログときたら、もっと堂々と傲慢だし、もっと堂々と中身がないし、もっと堂々と理屈になってないことを言ってるのに。これを混同するのはかなりのファック・読者ではないだろうか。
ちなみにファックファックというのは当然DMCの影響ではなくサイバーブルーの影響です。見ればわかりますね。
と、私はこんなに怒っているのですけれど、実は難癖つけられた記事って私が書いたんじゃなかったのですよ。我らが玲子派の朋友が書いたネタです。
記事にもそう明示していたにもかかわらず、Щさんが絡んできたのが管理者の私だったもので、Qのファック・ヤロウに怒ってるのも私――という形になってしまいました。
書いた本人は疎外されてしまっていて、「おれにいってくりゃいいのに」ともどかしそうにしておりました。
日本刀に打ち粉掛けながら言ってたんで、謝りに行くなら刀の手入れが終わって鞘に戻る前に行ったほうがいいと思います。手入れ中なら斬られはしません。脇差持ってるかもしれんけど、まあ脇差だったらなんとかなるよ。
さて、跡を濁したところで、私は清々しくこのblogを終了します。
あー、やっぱ言いたいこと言っておかないと!(まさに外道)