「らのべのべ」投稿掲示板

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UMA - Un-electrized Man Asakawa(「未確認生物」「POSレジ」「電気毛布」)
投稿日 2007年12月19日07時34分17秒 投稿者 無謀庵 削除
 浅川が物心ついたときには、児童養護施設にいた。いわゆる孤児院だ。
 親はわからず、里親も縁がなく、特別育成費をもらって高校に通って、社会に出た。

 親に捨てられた理由は、自分でもなんとなくわかる。
 まず、髪が紫色なのだ。比喩表現ではなく、本当に紫。漫画なら珍しくもないが、実際に見ると異様だ。
 両親も、何か人ならぬものが生まれてしまった、そう思ったに違いない。
 ただ、これにもいいところはある。
 どうも、太陽電池か、さもなくば光合成のような作用があるらしい。
 がらんとした、冷蔵庫すら置いてないこの部屋でも、日向に寝転んでいれば腹が膨れてくる。あとは水さえ飲めば普通に生きていける。

「しかしこれは、憲法で保障された最低限の文化的生活だろうか」
 天井を見上げてつぶやく。なにしろ、電灯すら吊るしていない。
 あるのは布団、机、本棚程度。ただ、本棚は大きく、また中身も十分に詰まっているところを見ると、金がないわけではない。
 冷蔵庫もなければ電子レンジもテレビもなく、パソコンやゲーム機など言うまでもない。
 電化製品というものが、とにかくひとつもない部屋だった。
「寒いな。コーヒーでも入れるか」
 立ち上がって、台所のコンロに向かう。当然、電気ポットもない。
 やかんに水を入れて、一旦横に置く。
 コンロの火力つまみを最大にひねって、ライターに火をつけて近づける。
 ふおっ、と火がついた。やかんを火に掛け、息をついた。
 何度やっても慣れるものではないが、仕方ない。
 浅川が異常なのは、太陽電池のような髪だけではない。
 どういうわけか、電気機器を扱うと、普通では考えられないような異常動作を起こすのだ。
 パソコンのスペースキーを押してみた途端、突然本体のファンがジェットエンジンのように猛烈に回転し、推進力で10センチ移動して力尽きて倒れ、中でパンパン弾ける音がして煙が上がった。
 そんな複雑な電子機器でなくても、電灯程度でさえ、スイッチをいれるとブゥゥンと大きな振動音がしばらく鳴った後に蛍光灯が破裂する。
 コンロだって、圧電点火といって電気を使う。だから、こんな恐ろしい火のつけ方をしている。
 ライターやストーブなどにもそういうものが多く、油断ならない。さっき使ったのはもちろんフリント式ライターだ。
 湯が沸くまでの間に、マグカップにインスタントコーヒーと砂糖をいれておく。
 養護施設時代、この体質について医師に相談してみたことがある。
 が、相談もなにも、電気を使う検査機器が全滅してしまうものだから、診断の下しようがなかった。
 今でも大学病院あたりで、「電子機器を異常動作させる特異体質について、電子機器を使わずに調査する手段」という難儀な命題に取り組んでくれている医学者もいるのかもしれない。
 手段があるのなら、世界的に稀な特異体質ということで、どこかに入院させられて検査漬けの日々を送らされるかもしれないが。
 注ぎ口から湯気が出始めたので、火を消してマグカップに湯を注ぐ。
 陽に当たれば生きていけたり、電気が使えなかったりと、あまりに人間離れした体質。
 だから浅川は、自分を人間以外の何か、一種の未確認動物だろうと思っている。
 エスパー魔美だって私の恋を未確認なのだから、自分の生物種が未確認であってもいいのではないか。
 いいわけがないのだが、調べようがないのだから仕方ない。
 カップを持って部屋に戻る。
「熱っ! 熱熱熱熱あっ!」
 冷えた手を温めようと両手でカップを包んでいたら、思ったより熱くて火傷しそうになり、かといって手を放すわけにもいかず急いでテーブルに置こうとしたけど手の限界が来る方が先で、思わずカップを放り出す。
 飛んだカップはコーヒーを振り撒きながら、見事に布団の上に落ちた。
「うわー、超やらかした」
 見る間にコーヒーが染み込んでいくが、もう手遅れだ。
 コーヒーの染みなんて取れるのか。どうやって丸洗いすればいいのか。
 何より、今晩何に入って寝ればいいのか。今でこそ熱いコーヒーだが、このまま放置して夜になれば、さぞ冷たくなっていることだろう。
 自分ではどうにもし難い。
「うーん、あんまりつまらないことで迷惑かけたくないけど……」
 普通なら電話をかけるところだが無理なので、自分の足で相手のところに向かうことにする。

 浅川のこの体質は、選べる仕事の幅をかなり少なくしてしまっていた。
 電灯のスイッチすら入れられない体質で、この世の中ではなかなかできる仕事はない。
 それでも、親にこそ縁がなかったが、仕事には縁があった。
 戦前からやっているという田舎町の雑貨屋。
 お爺さんに先立たれ、ひとりで店を切り盛りしているお婆さんに、男手として雇ってもらえた。
 勘定は算盤、帳簿はノートと鉛筆、という昔ながらの営業スタイルは、浅川にも問題なく勤まる。売り物には乾電池や電卓などもあったが、操作しなければ問題ない。
 が、国立大学の経営学部を出た息子さんが、勤めていた銀行を辞めてIターンしてきた途端、様相は変わってしまった。
 曰く、
「この店を、まずは古座川町随一の雑貨店に育てる! そして東牟婁郡、和歌山県、近畿地方、全国から世界へ広がる大規模コンビニチェーンにしてみせる!」
 それが親孝行だ、と強硬に主張し、手始めにPOSレジを導入してしまった。
 結果、浅川は失業せざるを得なくなった。
 同情したお婆さんの友人が、ときどき農業や林業の手伝いを世話してくれることと、生まれ持っての体質で、生活に行き詰まっているわけではないのだが。
 お婆さん自身も、浅川の母親代わりのように、些細なトラブルに手を貸してくれている。

「これはえらいことしてもうたなぁ」
 浅川の部屋にきたお婆さんは、布団を見て笑いながらも困った顔をした。(※お婆さんの和歌山弁は大阪弁に翻訳して記載しています)
「どうすりゃいいんですか」
「これは丸洗いせなしゃあないわ。うちで洗たるから、持っていくわ」
 お婆さんはまだまだ元気そうに、布団をたたんで持ち上げる。
「ああ、そんなの僕が運びますから」
「そこのトラックまでやん。浅ちゃんは敷布団持ってきて」
 と、お婆さんはさっさと行ってしまう。浅川も敷布団を抱えて後を追う。

 そして二人が戻ってくるときには、別のものを抱えていた。
「布団きれいになるまで、これで寝たらええわ」
 しき・かけセットの電気毛布である。
「でもこれ、僕じゃスイッチも入れられませんよ」
「おばちゃんが入れたるやんか。それやったら大丈夫やろ?」
「ええ、まあそうなんですけど」
 操作しなければ大丈夫だ。電灯のついた建物に入っても問題はないんだから、スイッチの入った電気毛布に入るだけなら平気だろう。
 お婆さんはさっさと電気毛布を広げ、布団があったあたりに敷いてしまう。
「ほら、いっぺん入ってみ。ぬくて気持ちええから」
「はあ」
 言われるままに入ってみる。
 スイッチが入っていない今は、固くて重い割に今ひとつ温かくない毛布、という感じ。
「寝るんやったらあんまり熱せんほうがええから、温度は低にしとくわな」
 といって、カチっとスイッチを入れる音がする。
 しばらく待つと、ヒーターが熱を持ち始めた。
「温かいですね」
「そやろそやろ。ほなら、明日の朝までスイッチ入れたままにしとき。朝なったら止めにきたるわ」
「お手数掛けます」
「浅ちゃん気い使たらあかんて」
 その後、夕食を作ってやる遠慮すると言い争って、お婆さんは軽トラに乗って帰っていった。


「落ち着かんな」
 夜、電気毛布の間で、緊張気味に横たわっている浅川。
 なにしろ、うっかりスイッチにでも触れれば何が起こるかわからない。
 虫嫌いの人が、ムカデのような刺したり噛んだりする虫がいつ入ってくるかわからないテントで寝るようなものだろうか。
 コード途中についたスイッチは離してあるから、大丈夫だろうとは思うのだが……。
 そう思ってるうち、いつのまにか眠りに就いた。

 大丈夫ではなかった。
 寝ているうちに暑苦しくなり、毛布の外に手足を放り出して寝返りを打っている間に、スイッチを蹴っ飛ばしてしまった。
 かけ毛布が暴走して立てる異様な音で、浅川は目を覚ました。
「!?」
 毛布はひとりでにくるくる丸まって、ボール状になって浅川の腹の上に乗っている。
 重かった。毛布一枚にしては重い。
 見る間に、ボール形から手足のようなものが生え始める。
 頭らしい部分からは、髪も伸びてきた。
 やがて胸の上で、毛布はひとりの子供へと変貌を遂げた。
「……なに?」
 浅川は呆然と子供を見る。
「……?」
 子供は、「ボクは何もワカリマセン」という顔で、きょとんとしていた。
 5歳くらいの小さな男の子だ。
「えー、寒くないか?」
 裸でいるのに男の子は首を振る。
 確かに、男の子の体は妙に熱い。いくら子供は体温が高いといっても、電気毛布並みは熱すぎる。
「これはあれか、電気毛布から生まれてきた……?」
 あったものがなくなっていて、代わりにこの子がいる。
 しかも、電気毛布らしい性質を備えている。
 となると、荒唐無稽だがそう思うのが自然だろう。そもそも、浅川自身が異常なんだから、浅川が起こしたことがどれだけ異常でもおかしくない。
「んー……」
「ちょ、っと待った! 触らない!」
 手持ち無沙汰になった子供が、電気毛布のスイッチに手を伸ばすのを慌てて止めた。
 直感だが、この子も電気機器を壊す体質な気がした。
「むー」
 拗ねた子供が胸から立ち上がり、部屋の隅に走っていった。
 もう夜は明けているようで、窓からは朝日がさしている。しかし子供が座ったのは日陰だ。
「太陽電池にはなってないのかね」
 浅川は朝食代わりに日に当たりにいく。
 子供の髪の色は、浅川の紫色と違って、普通の黒だ。
「だとすると僕は、太陽電池が暴走して生まれてきたわけかな」
 長年の謎だった自分の生い立ちを垣間見た気がして、するともしかしたら、太陽電池を壊した父親か母親がどこかにいるのかもしれない、などと考えてみた。
「おはよう浅ちゃん、もう起きてる……ってあっらーかわいい浅ちゃん子供おったん? 親戚の子? いくつなん?」
 ノックもなしにドアを開けて入ってきたお婆さんは、子供を見ていきなりテンションを上げた。
「さっき生まれたみたいです。電気毛布から」
「あらほんま、かけ毛布あれへんわ。浅ちゃんてそうやって子供作るんやなぁ。名前は?」
「まだ決めてませんけど」
「ほなお婆ちゃんが決めたるさかいな。なんにしょうかなぁ」
 物に動じないお婆さんは、子供を抱えてぐるぐる回している。
「……現に生まれたものは仕方ないよな」
 浅川も、深く考えるのはやめた。戸籍とか学校とか、考えるべきことは他にある。

密室探偵 (密室・グレネードランチャー・醤油)
投稿日 2007年12月05日08時59分12秒 投稿者 vlad 削除
「凶器はこのグレネードランチャーじゃないでしょうか」
「グレネードランチャーって、小さい大砲みたいなのじゃないんですか? そんなもんを撃ったなら、もっと死体も室内も滅茶苦茶になってるんじゃないか」
「正確にいうと擲弾筒だ。それもレプリカだよ」
「紛らわしいな」
「てか、一応擲弾筒の発展したものがグレネードランチャーですけども、もう別物といっていいですよ」
「で、レプリカでどう殺したんだ」
「ぶん殴ったんじゃないでしょうか、これは日本軍が使用していた八十九式擲弾筒のレプリカですが、物好きが凝りまくった結果、重量も再現しているようで5kg近くあります」
「人を殺すにゃ十分なシロモンか」
「ガイシャは、相当な戦争マニアですね」
「どうも、頭に傷の類は無いですよ」
「こいつで撲殺したんじゃないってことか。すぐ側に転がってたが」
「犯人に対して、それを武器に応戦しようとしたのでは?」
「そうかもしれんな」
「ん、ああ、本人が来たから、聞いてみりゃいい」
「おお、来たか」
 横たわる死体の周りであれこれ話していた刑事たちが、引っ張られてきた俺の姿に気付いた。
「で、どう殺ったんだ?」
 みんな、俺が犯人だと思っている。
 しかし、俺は人殺しなんてやってない。この戦争マニアらしい男とは面識は無い、従って恨みも無い。家も勤め先も、ここからは相当に離れている。
 アリバイもある。仕事先の同僚上司、家族が証人だ。
 でも、刑事たちはそんなこと調べようともしない。
「俺は、殺ってません」
 刑事たちの反応は様々だ。呆れる者、敵愾心あらわに睨み付ける者、ため息をつく者。
 みんな、嘘をつけ、と思っているのは一緒だ。
「この部屋は窓にもドアにも内側から鍵がかかっていた。つまり……」
「密室、ですね」
 俺は刑事の言葉を最後までいわせずにいった。自分がどんな時に呼び出されるかは嫌というほどわかっているのだ。
 俺はテレポーテーション能力がある。
 唐突だが、本当のことだ。能力を発動させるのに精神集中にやや時間がかかること、一度に移動できる距離など多少制約はあるが、瞬間的に移動できる。
 それだけならば問題は無い。むしろすこぶる便利な能力だ。
 だが、ここに、密室で死体が発見されると「すわ、密室殺人事件」と色めきたって明らかにそれ以外の事件よりも張り切って、とりあえず俺を重要参考人として呼び出して「こいつはテレポーテーションできるからこいつが殺ったに決まってる」と頭から決め付ける刑事たちがいるとなると問題なんてもんじゃなくなってくる。
 テレポーテーションで逃げるにも先に述べた制約があるし、それに俺は今の生活を捨てたくはない。
「部屋の中からは、ガイシャと友人の指紋しか出てきませんね」
「その、友人ってのは」
「ガイシャが、よくサバイバルゲームをやっていた仲間です。みんなアリバイがあります」
「そうか」
 いいよなあ、普通の人は。アリバイがあったら捜査対象じゃなくなるんだもんな。
「部屋の中にテレポーテーションしてきて、殺害後、テレポーテーションで逃げる……これじゃ指紋も残らんな」
 はい、残らないですね。
 密室殺人ってのは、物語の中だけだ。実際、俺が今まで容疑をかけられた密室殺人……らしき事件もその全てが事故や自殺が、偶然に他殺のようにも見えるようになったりしただけだった。もっとも、刑事たちは俺の巧妙な偽装工作だと信じて疑っていないのだ。税金払いたくなくなってくる。
「こりゃなんだ。酒か?」
 刑事の一人が、テーブルの上にあった空の一升瓶を見ながらいった。見ると、底の方に黒い色の液体が残っている。
「ああ、醤油か」
 臭いを嗅いだ刑事がいった。
「醤油の一升瓶とは近頃珍しいな」
 確かに、最近あまり見ない。
「あ、ちょっとこれ見てください」
 机上のパソコンの側を調べていた刑事が声を上げた。
「カメラか」
「これ、どうも動きっぱなしだったみたいですよ」
 その言葉に一同がざわめく。
「それじゃあ、犯行の一部始終が映っているかもしれないのか」
「そうだとしたら、これは動かぬ証拠ですね」
「よし、見てみよう」
 いいながら、みんなチラチラと俺の方を見る。今度こそ年貢の納め時だといわんばかりの表情で。
 まあ、是非とも犯行でも事故でも一部始終が映っていて欲しいものだ。それでいくらなんでも俺の潔白は証明されるだろう。
 映像は、警察が持参してきたノートパソコンで上映されることになった。被害者の持ち物のパソコンを無闇にいじりたくないからだろう。
 刑事が発見した位置から撮ったであろうこの部屋の映像が出てきた。今は無残な死体となって倒れている男が、緊張した面持ちで映っている。
 しかし、あまり緊迫感は無い。なにやら、無理に緊張した表情を作ろうとして、笑いをこらえているようにも見えるのだ。
「えー、明日、急遽親族で集まることになりました。いや、もちろん召集を受けた身でそのような我侭が許されぬことは重々承知であります」
 男は、敬礼してから話し始めた。
「しかし、実はすこぶる体調が悪く、従軍は到底不可能。却って足手まといになるばかり。いや、軍曹殿、本当であります」
 あくまで顔は真面目なままに、男はそういって、おもむろに一升瓶を取り出した。その中には黒い液体が満杯になっている。
 男は深呼吸を一つすると、瓶を口につけて傾けて、一気に飲み始めた。
 みるみるうちに瓶の中身が減っていく。そして、とうとう飲み干してしまった。
「とても、従軍には耐えられません。……いや、マジでこれきついわ。親族会議出れねえよ」
 男は、笑い出した。そして「マジで辛い、これ、辛い」といいながら蹲った。やがて顔からは笑みが消えた。
 男は携帯電話を手に取り、どこかに電話をかけたようだった。何かを話しているようだが、声が小さく、ボリュームを最大にしてもよく聞き取れなかった。
 やがて完全に突っ伏して動かなくなった。最後に腕を伸ばしたが、それが床に置いてあった八十九式擲弾筒のレプリカに当たり、擲弾筒は倒れて転がった。
 一分ほどそのまま見続けたがまったく動きが無いので早送りにしたが、それから二時間、なんの変化も無いままに、第一発見者の母親が大家とともに部屋に入ってきた。
 最後に電話した先は母親であった。よく聞き取れぬが尋常ではない声音だったので様子を見に来たらしい。
 真相は、醤油を一升一気飲みしたことでの急激な塩分過剰摂取による各種障害による死であった。
 八十九式擲弾筒などという年代もののレプリカを所持していたことからもわかる通り、彼とその仲間はそういうもののマニアで、サバイバルゲームもそのノリで行っていたらしい。
 そこで、誰かが以前に急な用事で行けなくなった時に、醤油を一気飲みして「体調が悪く従軍できません」という映像をメールで送ってきたのが仲間内で大ウケしたことがあった。戦時中、徴兵忌避のために醤油を一気飲みして体を壊して徴兵検査で弾かれるようにした、という話があり、それを元にしたネタであった。
 そして、今回の被害者もそれを真似したところ、不幸が起こった。
 一升醤油を一気飲みすれば必ずしも死ぬというわけではないが、それは十分に致死量といっていいらしい。
 俺の疑いは晴れた。
「じゃ、帰っていいよ」
 謝罪の一言も無い。なにしろ、俺はテレポーテーション能力者。疑われてもしょうがないんだから疑われても文句いうな、って立場なのだ。
「くそ、次こそ尻尾を掴んでやるぜ」
 無えよ、そんなもんは。
 さて、テレポーテーションで家に帰ろう。時間は有効に使いたい。またいつ密室殺人……らしき事故、自殺が起きて呼び出されるかわからないんだから。

花の不労所得 -世界の彼方に-(お題「澱粉」「老齢基礎年金」「ベンチュリ」)
投稿日 2007年12月05日05時12分37秒 投稿者 無謀庵 削除
 大阪の都心に近い、とある社会保険事務所のガレージに、一台のクーペが滑り込んだ。
 『イタリアのフェラーリに対する、フランスからの回答』として設立された自動車メーカー・ヴェンチュリーの、アトランティーク300だ。
 プジョー・ルノー・ボルボ共同開発による3リッターV6ターボエンジンは、210馬力を超えるパワーを発揮する。
 シルバーのボディは、フランスらしく優美な曲線を描く。ポルシェともフェラーリとも違うラインだ。
 無様な切り返しなど一度もなく、スムーズに駐車枠に滑り込み――この程度の技術を持つことは、美しい高級車のオーナーにとって義務といえるだろう――エンジンが止まると共に、右のドアが開いた。
 降り立ったのは、身長五尺五寸の老人であった。
 決して大柄ではないし、ツータックのチノパンにMA-1フライトジャケットという平凡な身なり。髪はすっかりグレーになり、最早若くないことは隠せない。
 しかし、まだまだ萎びた老人にはなりえない活力が溢れている。
 中浪喜六、64歳。
 かつて「北浜の狼」の異名をとった名相場師である。
 広めの歩幅で颯爽と歩き、入り口の自動ドアをくぐる。
「俺もええ年やさかいな」
 社会保険事務所、つまり年金を取り扱うところの世話になる年齢になったことを、かすかに自嘲をこめて呟いた。
 相場の世界で四十年。若い頃には負ければ首をくくるという勝負も切り抜けてきた。今はもう総崩れになることはないにせよ、サラリーマンの生涯賃金くらいが一日で消え去ることも十分ありえる。
 そんな厳しい世界に、さすがに疲れも感じ始めていた。
 来年からは妻とふたり、年金で静かに暮らそうか、そう考えてここに来た。
 相談窓口にまっすぐ歩いていく。
 係員が顔を上げる。
「年金のことなんやが」
「あ、そちらの番号札をお取りになってお待ちください」
「ん」
 うなづいて、中浪は番号札を取る。
 只者ではないがヤクザではないから、社会のルールはきちんと守るのである。

 年金記録を確認にきた爺婆数人の手続きが終わるのを待つうち、中浪の番号が呼ばれた。
 すっと立ち上がり、自然に背筋を伸ばして窓口に向かう。
 待っている何人かの老人が、場違いに若さを放つ中波に視線を向けた。そのうち半分は、もの悲しげに視線を落とす。
「年金記録のご確認ですね。こちらの用紙に」
「いや、違う」
 席に着くなり勝手に切り出した職員に、手のひらを向けてさえぎる。
「は」
 ここ最近、例の問題で同じ問い合わせばかり続き、つい流れ作業的に仕事をしていた職員が、意外そうな顔を向ける。
「ちょっと相談があってな」
「はい、なんでもご質問ください」
 気を取り直した職員が、書類を引っ込めて姿勢を変えた。
「俺ももう六十五になるから、年金貰う歳なんや」
「そうですね、老齢基礎年金の支給は65歳からです」
「そろそろ引退して、年金でゆっくり暮らそうと思てたんやが」
「ええ」
 言葉を切った中波に、職員は相槌を打つしかできない。
「実は今まで、国民年金納めたことないねん」
「は?」
 問い返されて、中波は頷くだけだ。
「えー、どこか会社にお勤めでしたら、国民年金ではなく厚生年金に加入する形になっておりますが」
「いや、会社に勤めてたことはないな。ずっと自営というか個人事業というか」
「でしたら、国民年金になりますね……。納付なさっていなかった」
「そうなんや」
「では残念ですが、受給資格は得られませんね」
 決して突き放すような言い草ではなく、顔色には同情の色が見えた。
「いや、それで相談に来たんやけどな、今からさかのぼって納めるゆうわけにいかんやろか」
「ええ、そういう制度もあることはあるのですが」
 それを聞いて、中波は満面の笑顔を浮かべる。
「せやろせやろ。ほなその手続きをしてくれへんか。やらしい話で悪いけど、金やったら唸るほど持ってるんや」
 証拠として持ってきた通帳を、開いて見せつける。
 職員は絶句する。
「……えー、それほど財産がおありでしたら、年金は必要ないのでは。満額でも年間79万2100円ですよ」
 79万2100円がはした金に思える金額が印字されているのを見せられれば、そういわざるを得なかった。
「いやいやいや、この金作るのに苦労しすぎたさかいな。身を削ったような金を老後にちょっとずつ食い潰すて、なんか不安になってきてまうんや」
「はあ、まあ、そうかもしれませんが」
 わかるようなわからないような、という顔をしている。そもそも、どうやったら食い潰せるのか。
「やっぱりのんびり暮らすための費用は、年金みたいな不労所得に限るとおもわへんか?」
「ああ、それは、そうでしょうね」
 こっちはわかる。宝くじでも当たったら、エキセントリックなのも少なくない年寄りの相手なんか放り出して、気ままに暮らそうとはいつも思う。
 が、年金制度はそういうイレギュラーを認めない。
「その、大変残念なことですが、保険料の追納は10年しかさかのぼれません。老齢年金の受給には25年以上の納付が必要ですから、今からでは無理なんです」
「な、なにー!」
 つい中波が大声をあげた。
 老いてなお盛んな体からは、実にいい声が出る。
 カウンターの向こうで職員がいっせいにこちらを向き、トラブルか、と身構える。
「あ、失礼、取り乱しましたわ。えろうすんません」
 照れたように頭を下げる中波を見て、奥の職員は、一応注意を払いながらも腰を下ろして仕事に戻る。
「どうにか……なれへんわなぁ」
「申し訳ありませんが、私の独断では……」
 制度というのがどういうものかは、中波も大阪証券取引所その他でよく知っている。職員相手にゴネて変えられるものではないし、そういう姿は見苦しいと感じる程度のダンディズムももっている。
「年金制度変えさせるんやったら厚生労働大臣……って、今は桝●か。しもたなぁ、前の柳●やったら脅して言うこときかすネタもあったんやが。タレント議員なんぞ何できるでもないと思て、たいしたコネ作ってへんな……。大体桝●の奴、馬のネーミングセンス悪いねん。サプライズパワーなんて微妙な名前の馬で東京ダービー勝ちやがって。あの時は大損したわ」
「あ、あの、差し出がましいかとは思いますが、ご資産の預金利息でも暮らせるでしょうし、投資信託や株式投資でもっとよく運用できるのでは」
 ぶつぶつ言ってる割にしっかり聞こえるヤバい独り言を聞いて、さすがにお引取り願いたくなってきた職員が口を挟んだ。
「預金や信託じゃあかんのや。自分で株なり為替で動かすほうがよっぽど儲かると思たら、とても預けるだけでのんびりしてられへん……」
 相場ホリックである「北浜の狼」の悲しい性であった。
 中波は失意のまま、社会保険事務所を出て行く。



「要は、今から全額追納できる年金制度の国に移住すればええわけや」
 翌日、早くも立ち直るどころか反動で俄然やる気を出した中波は、アトランティークに乗って山陽道を突っ走っていた。
 中途半端に煽ってくるランエボやインプレッサの若造を適当にいなしつつ、それでもかなりのスピードを出している。
「もう、フルムーンでしたらもうちょっと早く言ってくれればよかったのに」
 と文句を言いつつもにこにこと助手席に座っているのは、妻のさつきだ。
「遊びにいくわけやないぞ。素晴らしい老後を送るために、涙を呑んで祖国を捨てる、行く先も決まらん長い旅になるんや」
「ロクさん、とうきび食べます?」
 かばんから、竹皮でくるんだ茹でとうもろこしを出してくる。食べやすく小さめに輪切りにしてある。
「話聞きや。大体、片手で運転しながらもの食うたら危ないわ」
「あ、そうですねえ。じゃああたしだけ失礼して」
 かぶりつく。くしゅっと粒のはじける音がした。
「あら、あまいとうきび。食べさせてあげましょうか?」
 粒をひとつ取って差し出す。
「あーもう、一粒一粒なんか食べてられへんやろ!」
「澱粉取らないと元気でませんよ?」
 戦後の貧しい時代をすごして、穀物に執着してしまう世代だ。
「車乗る前にうどん食うたとこやろ」
「そうですねえ。ところで、どこに向かってますの?」
「若い子はお前みたいなのをマイペースてゆうんや。とりあえず下関から釜山に渡って、まず韓国の保険制度から当たってみるわ」
「あら韓国。あたし、東方神起が見たいわあ」
「……誰やそれ。まあ、ただ追納できたらええわけやあれへんから、本命はヨーロッパの福祉国家やな。韓国から中国通ってヨーロッパまで行くつもりや。スウェーデンあたりに移住できたら一番ええわ」
「なら、途中で台湾に寄って、F4見て行きません?」
「台湾空軍は厳しいから、基地見せてくれたりせえへんぞ。それに台湾にファントムはおらん」
 アトランティークは、話のかみ合わない年寄りふたりを乗せて、世界に向けて山陽道をゆく。

スイカに乗ったコンキスタドール(お題「逆」「スイカ」「電気街」)
投稿日 2007年11月11日05時12分36秒 投稿者 無謀庵 削除
目標惑星21 現地名称「地球」に接近
出航時に登録された情報と現状を照合
地上近辺での気温および気圧・情報との誤差些少
大気成分・窒素78%・酸素21%・アルゴン1%・情報との誤差些少 その他有毒成分検出なし
燃焼・核分裂エネルギー文明の活動を陸上全土に確認 情報との誤差なし
地殻状態は安定
着陸成功率および乗員の生存確率に修正の必要なし
目標地点・当初予定から変更なし 最大面積の大陸のそばの列島
目標地点の文明活動を再確認 地球上有数の高密度な活動を観測 修正の必要なし
着陸を実施

 人が入れるような大きさのスイカがあった。
 きれいな球形で、表面は軽くつやのある緑と黒の縞模様。
 流が物心ついたころから、庭に転がっている。
 いつまで経っても腐ったりもせず、傷をつけてもしばらくすれば治っている。
 流が9歳の頃、表面をぺたぺた触っていたら、突然スイカの一部がドアのように開いた。
 中にはシートがひとつと、見るからに複雑な電子機械でいっぱいだった。
 それから16歳の今まで、流は少しずつ、このスイカの機能を調べ続けている。

「流ちゃん、何時だと思ってるのよ!」
「んなでかい声出さなくても聞こえる」
 スイカに向けて叫ぶ紗奈の声は、間に障子紙一枚ないかのように、流にそのまま伝わった。
 このスイカは、外の音を完全にシャットアウトすることもできれば、筒抜けを通り越して大音声が響くぐらい増幅することもできる。中から外にも、もちろん同じだ。
 それがわかったのは半年ほど前。
 以前はシャットアウト状態になっていて、外から叫んでも叩いても、中の流にはわからなかった。
 結果、出てこない流にヒステリーを起こした紗奈が、スイカを転がすという蛮行に及んだことが一度や二度ではない。
 中身は姿勢制御されて角度を維持するし、ショックアブソーバーもあるから揺れもしないのだが、ドアが下になると出られない。それで一晩放置されたこともある。
「何時って……まだ十時じゃんよ」
 ドアを開けて、顔を出す。
 スイカ内部の明かりが漏れて、眉を吊り上げた紗奈の顔が照らされる。
「今日の分の宿題やってないじゃない。夏休みだからって、勉強せずに夜更かしばっかりしてちゃダメよ」
 光の加減で、メガネのブリッジがチラっと輝く。
 整った顔立ちで隙のない鋭い眼差し、生まれて一度もブリーチなど入れたこともない黒くまっすぐな髪。
 そして見た目どおりの正義派な性格は、彼女を学級委員にしなかった年度は一度もない。
「宿題なんて写させてくれりゃいいじゃん」
 流と紗奈は、年子の兄妹だ。流が兄で、紗奈が妹。今年はクラスも同じで、宿題も同じだ。
「だからそれ、イヤミでいってるの? 流ちゃんのほうが成績ずっといいのに……数学と物理は」
 委員長の割りに、といっていいのか、成績はさほどよくない。文系はともかく、理系が悪い。
 流は文系もよいが、理系はちょっと人並みはずれている。
「だってさ、俺でも紗奈でも宿題はできる。でも、スイカを調べられるのは俺だけじゃん。だったら、俺が宿題やってるのは非合理的でしょ?」
 調べるどころか、使い方を説明しながら触らせてみても、なぜか紗奈がやると動かない。
 流ならただボタンを押せば開くはずのドアさえ、びくともしない。
「まっ……た、バカにして……っ!」
 手のひらが勢いよく振り下ろされ、スイカを打つ。ぽぉー……んと、長くよく響いた。
「あ」
 紗奈の眼から涙がこぼれるのが見えた。
「ちょ、おい……。あのさ、泣いたら俺が言うこと聞くとか思」
 ぽぉん、と耳元でいい音がまた鳴って、話が断ち切られる。
 そして言葉が継がれることもなく、紗奈は涙をぽろぽろ落としながら、流の目をまっすぐににらみ続ける。
「あー……」
 汚いずるい男女平等とかいって女の武器は平気で使う、と口の中でごにょごにょ言ってみても、紗奈は眉ひとつ動かさない。1メートルと離れていないから、聞こえていそうに思えるが。
 20秒ほどそのまま。
「おっと、今日の宿題がまだだったな、っと」
 流がシートから腰を上げた。
「学生の本分は勉学だよな。夏休みだからってたるんでたら、2年半後の受験戦争に勝ち抜けないってもんだ。全入時代だけど」
 ぽぉん。
「目指せ医学部目指せ東大。もちろん、紗奈にいわれたからやるんじゃなくって、自分のためだからな」
 言いながら出てドアを閉じ、家のほうへ歩き出す。
 こんなヘンな言い方をするのも、ただ言うことに従うだけでは、「私を納得させるために言うことを聞いてるんじゃ意味がない」と正論で追撃されるからだ。
 正論まっしぐらでうっとうしいからつい逆らう。でも、すぐ泣くから言うこと聞かないと仕方なくなる。そう流はよくこぼしている。
 そうやって相手をツンデレにさせてしまう紗奈は、「掟やぶりの逆ツンデレ」などと異名をとる。
「……どうせ口だけのくせに」
「いやいやいやいや。夏でも夜はTシャツ一枚じゃ冷えるだろ。はやく帰ろうぜ」
 手を差し出したが無視され、でもかまわず手首を掴んで流が歩き出す。紗奈も引かれて足を進めた。
 スイカが落ちているのは、ふたりの家の裏山だ。私有地ではあるが、某県郊外、マツタケも金銀も何も出ないただの山の斜面は、売ろうにも買い手がつかない。
 スイカに用がなければ誰も来ないし、用がある人間はこのふたりくらいのものだ。

化石燃料の使用形跡・電磁波の放射などの活動を確認
文明住人は哺乳類型 現地名称「太陽」の恒星系形態から想定される典型的な進化形態
搭乗員との生物的近似を確認
現地人との違和は隠蔽可能 操作開始
大気採取検査 呼吸可能な状態と確認
有毒微生物には、免疫系および抗体ナノプローブで対応可能

 紗奈は、エアコンをつけたがらない。
 そもそも部屋にエアコンがない。両親はむしろつけてやりたいと思ってるくらいだが、かたくなに断っている。
「暑い」
 流はさっさとノルマを終わらせ、『新宇宙大作戦 エンタープライズの面影』を読んでいた。
「まだ帰らないでよ。1時間やるって決めたら1時間やるの」
 表情からして、スイカの前で曲がったつむじは、まだ戻っていない。
 たとえ本音が、「わからないところが聞けなくて困る」だとわかっていても、突っ込むとまたヒスを起こす。
「扇風機もってきていい?」
「ノートのページが風で飛ぶじゃない……」
「いや、部屋の隅で俺だけ当たるし」
「私ひとりに我慢させようって?」
 手を止めず見向きもしないが、声が低い。
 暑いんだったらエアコンいれればいいのに、と流は思う。当たり前だ。
「あ、汗でブラ透けてる」
「え」
 紗奈が思わず体を見る。
 が、着ているTシャツは黒で、到底透けるようなものじゃなかった。
「なぁ、エアコン入れろって言ったら、すぐ入れてくれるだろ、親父」
 睨み付けるために顔を上げた紗奈に、間髪入れず話しかける。
「だから、エネルギーを大切にしないといけないこんな時代に、ちょっとぐらいの暑さ寒さぐらい我慢しなくちゃいけないの」
 タイミングよく話しかけられたせいで、ついシャーペンを置いた。話を変えられていることにも気づかずに、まともに返事をしてしまう。
「細かい節約考えるより、抜本的対策を考えたほうがいいんだって」
「どうやってよ。石油が増やせるわけじゃないし、プルトニウムを捨てるところも大変、それを変えられるの?」
「エネルギーなんて、空から降ってくるだろ」
 流は窓を指差す。
「太陽電池?」
 紗奈の声色は呆れている。
「うん。そりゃ、地上に太陽電池なんて、何枚置いても解決しないけどな」
 窓を差す指を、もう一度振る。
「太陽をぐるっと囲むように太陽電池の殻を建造したら、太陽から出てるエネルギーを全部利用できる。原発全部つぶしてもお釣りがくるね」
「できるわけないでしょ、そんなこと」
「うん。でも、太陽が放射してるエネルギーのうち、地球に当たってる分なんて、22億分の1くらいしかないんだよね」
「そうなの?」
「1天文単位を半径とする球体の表面積と、地球と同じ半径の円の面積を比べて計算してみれば出る」
 そういってみると、紗奈の額に?マークが浮かび上がる。
「天文単位って……?」
 理系は苦手なのがよくわかる発言。
「うん、まあいいから、とにかく、太陽光はほとんどが無駄なわけよ」
「うん」
 身を乗り出して聞く紗奈の頭から、宿題はすっかり飛んでいる。
 これで紗奈は、流の語る信じられないような理系トークが好きだ。
 難しい部分をうまく飛ばして、わかりやすく聞かせてくれる理系話は、下手なフィクションよりも意外性にあふれている。
「そこで、石油を使い果たして困った、ある星の人類は考えた。目の前のエネルギー危機を乗り越えるために、太陽エネルギーを有効活用しよう」
 ここから、流の長広舌。
「宇宙に浮かべた太陽電池パネルで、太陽光をもっと利用しよう。22億倍全部といわなくても、エネルギー危機を乗り越えられるまで。
 残り少ないエネルギーで必死になって、頑丈で効率のいい太陽電池やら、太陽電池からマイクロ波で電力を送る技術やら、必要なものを開発した。
 初めて打ち上げた電源衛星は、原発一機の1/3くらいの電力を供給してきた。
 これはすごいということになって、さらに強力な衛星を開発しろ、どんどん次を打ち上げろ、と星を挙げての大号令。
 庶民の手に電気自動車が帰ってきて、IHヒーターのフルパワーで作れる美味しい料理が戻ってきた。
 その代わり、モノが消え始めた。
 金銀のような貴金属は、衛星の電子回路に使われてどんどんレアになる。特殊な希少金属も値上がりして、つられていろんな物価が上がっていく。亜鉛やアルミまで太陽電池に回すようになって、ガラスや鉄ももちろん欠かせない構造材。
 気がつけば、家は石造りか木造ばかり建てられる。食卓は、木や石の器に料理が盛られる。
 不安になった国民が、ついに衛星推進政権を引きずりおろした時には、すっかり資源危機が叫ばれる時代になっていた、と」
「ふぅ~~む…………。含蓄深いわね」
 ちょっと疲れたように、ふたりして背伸びする。
「政治家と庶民がそろってアホになるとき、ってのはどこにでもあるもんだ」
「それで、続きはどうなるの? 小説だったら、そこで終わりって半端じゃない」
「ん? んー…………。なんだっけ。おっと、時間過ぎてら」
 わざとらしく腕時計を見る。
「あっ……宿題、今日の分終わってないのに」
「10日で全部終わらせるようなノルマが無茶なんだって」
 流は、遠慮なく立ち上がった。
「ああ、そうそう、足りない資源は、隣の惑星をぶっ壊して資源を回収しよう、ってことになったんだ」
「どうやって?」
「さて。宇宙服着た土方副長が、つるはしかついでやるんじゃねえの。天然理心流掘削術、肩のつるはしは和泉守兼定!」
 刀を抜くようなつるはしを振るような、不思議な動作を見せつつ、流が出て行く。
「ムリに決まってるでしょ」
「ま、環境が似てて、ムリせず人が住めるような星があったら、そこに掘りに行くのが簡単だよな」
 しかし、そんな星があるということは、そこには生物がいる。大気中の酸素は、植物が光合成をして作られるのだから。

大気圏外軍事力ゼロ
大気圏内 推進式揚力航空機およびエンジン走行車両が主 半重力装置未開発
爆発エネルギーによる弾体射出兵器が、戦闘車両から歩兵まで、大小様々に利用される
直接交戦による制圧可能 当方予想被害はほぼゼロ
過剰な核軍備保有 自爆による相打ちを企てた場合のみ当方戦力に損害を被る各種金属・希少元素の精製技術は十分に高度
征服が完了すれば、多量の金属資源を安全かつ効率的に収奪できると期待される

 翌朝、デートに誘ったのは、流の方からだった。
 電車に片道2時間揺られ、たどり着いたのは、世界に名だたる電気街。
「信じられない」
 駅から降りた第一声がそれだったのも、仕方ない。
「兄妹でなに期待してんの?」
「兄妹以前に! こんなとこ、ひとりでくるとこじゃないの!?」
「いや、男一人で執事喫茶って入れてくれないだろ」
「なんでそんなとこ行きたがるのよ!」
「行きたくない? 一生忘れられないインパクトのある思い出になるはずなんだけどな」
「ないっ! そんな思い出いらない!」
「うーん残念。ところで、お兄ちゃん、って呼んでみて」
「は?」
「周りからそういう期待の目線が」
 紗奈が周りを見ると確かに、周囲をいく人たちの目線が、ヘンな意味で熱い。
「『ツンツン妹で委員長だ』って言ってたけどなんのことだろな」
「と、とにかく、行くなら早く行くわよ」
「はいはい、行こう行こう」

 寸劇の後、通りを歩き始めると、流がしょっちゅう立ち止まる。
「うわあなんだこの店、これが全部テスター? 世の中にそんなにテストするものがあるのか?」
 ……と、機械が並ぶ店の前ひとつひとつで時間をとる。
 紗奈は手持ち無沙汰で少しずついらいらを蓄積しつつ、ゆっくりゆっくり通りを進む。
 というか、前方左手に見えるピンクと水色がやけに目立つ巨大ポスターがべたべた貼られたビルの方にいくんじゃないだろうな、と気が気でない。
「おっ、懐かし」
 人の様子を気にもしてないように見えた流が、突然何か手に持って振り返る。
「なによ」
 ここでつまらないものだったら怒る、という気で見てみれば、ゲームウォッチだった。
「子供の頃遊んだやつと一緒だよ」
 二つに折りたたむ形で、片方が液晶、片方が太陽電池になっている。
「こんなゲームだったかな?」
「うん、落ちてくる刀や槍を避けて、ニンジャを右から左に」
「あー、なんか覚えてるかも。確か、もともとお父さんが買った奴で、私たちが生まれる前のだよね」
「そうそう。それで、紗奈が失敗して怒って叩いたら、そのヒンジが折れてぶっ壊れた」
「えあ」
 言われて思い出したようで、顔が赤くなる。
「5980円」
 紗奈の手から取り返して、値札を見て財布を出した。
「高っか! それ買うの?」
「軍資金に不足なし」
 迷わず店の奥に入っていく。

 出てきた流は、もう脇目もふることなく、まっすぐ歩き出した。
「次どこいくの?」
 急に変わったペースにあわてて食いつきながら、紗奈が訊く。
 目的地があるようにしか思えない足取りだった。
「え、執事喫茶いくんだよな?」
「興味ないってば!」
「えー……」
 意外そうかつ残念そうな声をあげる流。
「またの機会、なんて当分ないぞ?」
「そんな機会、なくっていいから」
 結局もう用事もなく、ふたりは駅に引き返し、帰りの電車に乗り込んだ。

乗員は現地にて成長後、スイカの自動収集では得られない情報を採集、持ち帰ることを任務とする
手動での出航が行われない場合、着陸後16年3ヶ月9日4時間33分の経過をもってスイカは無人出航 オートパイロット帰還に入る

 また夜になり、また流はスイカの中にいた。
 流は、このオーパーツが宇宙船であることなど、とっくにわかっていた。
 わからないはずの言葉で表示されるメッセージやログも、なぜか読めた。
 見つからないように少しだけ試したが、操縦までこなせた。
 おそらくそれは、遺伝子か電波か、なんらかの手段で記憶に埋め込まれたんだと思う。それくらいの技術はありそうな装置だった。
 なにしろ、これは、重力制御で飛行する。
「期限は明日だし、な」
 出航すれば、ワープ航法ではるか彼方の母星まで、11時間くらいで到着するらしい。
「俺の名前、生まれたときに綺麗な流れ星が走るのが見えたから、っていってたけど」
 スイカの中から、星空を見上げる。全天周囲モニタを通して見る景色は、肉眼とまるで変わらない。
 流れ星もなにも、赤ん坊の流を乗せたスイカがここに着陸して、近くに住んでいた両親が洗脳され、我が子だと思い込まされたんだろう。それっぽいログがあった。
 土を踏む足音が聞こえてくる。
「昨日と同じこといわせないでよ」
 中が見えるわけでもないのに、紗奈はスイカを覗き込む。
「ごめんごめん」
 しかし流から見れば、大気圏に突入でき、宇宙にも出られるような強固な防壁越しに話しているとはとても思えない。
「怒らせる前に出てきなさい」
「いや、悪いけど今日はダメ」
「なんで!」
「いや実は、俺、宇宙人だったんだよね。このスイカは宇宙船で、今から星に帰らないといけない」
 深刻な話をしているような顔をしてみたが、向こうから見えないのを思い出した。
 ぽぉん。
 手のひらが、ガラスに押し付けられたように見える。
 近い大きな音にはリミッターがかかるようで、外で聞くのとはだいぶ違う音だった。
「電気街で、この惑星の技術力サンプルも採取できたし。あとは帰って報告するのが俺の任務」
 もう一撃喰らわされる前に、流がペダルを踏む。
 反重力装置が作動して、ふわりとスイカが浮かび上がった。
 出力を調整して、外の紗奈と目線を合わせる高さで止まった。
「いくら紗奈が理系弱くったって、こんなこと、地球の技術でムリなのはわかるよな?」
 紗奈は眼を白黒させる。
 プロペラも回さずジェットも吹かず、音すら立てずに浮き上がる機械なんて、当然知らない。
「ちょっと、流ちゃんあなた、何よ、何者なの?」
「だから宇宙人だって」
「私のお兄ちゃんでしょ! 地球人!」
 流が肩をすくめる。
「そう思わせるような電波がこれから出てたんだよ。びびびび」
「だって、16年も一緒に暮らして……」
「16年も気づかないんだから、よく出来た洗脳だよな」
 ふわ、と浮かび上がった。
 もう紗奈の手は届かない。
「じゃあ、行ってくるわ」
「どこに……いや、そうじゃなくて、その……あーもう、いつ帰るのよ! まさか日帰りじゃないでしょ!」
 言葉を捜すうちに、怒り声に変わっていく。
「さあ、そもそも帰ってこれるんだか」
「来なさいよっ!」
 両手を振り回して、飛び跳ねながら叫ぶ。涙を散らしながら。
 子供が暴れているようで、思わず笑みがこぼれる。
「善処します。てゆか、片道11時間の距離だから、心配することないよ。そいじゃな」
 それだけ言い残して、音声のスイッチを切った。
 紗奈の声、風、葉擦れ、虫の声、何もかも消える。中の音なんて、呼吸音だけだ。
 右のペダルを踏んで上昇。スティックを横に倒せば左右転回、引けば機首上げ、押せば機首下げ。前進するなら、前に倒しつつ上昇。
 念のため、このまま大気圏外に出て、スペースデブリ帯を抜ける。あとはオートパイロットでいい。
「さて、11時間か。報告書作って……このモニターの明かりって、太陽電池動くのかな」
 考えながら宇宙に上がる。
 ロケット並みの速さで上昇していることを実感できないほど、静かで揺れもしない。
「……ま、あっちの技術なら、SDカードくらい読み出せるよな」
 と、携帯電話を取り出し、テキストメモを打ち始める。
 スイカのコンソールは、母星語仕様だ。使えなくもないが、日本語で考えて、翻訳して入力するのはめんどくさい。

地球の科学技術は順調に高度化を進めている。サンプル1(電子ゲーム機)およびサンプル2(20年後の携帯情報通信機器)を参照。
相応の情報・知識を伝達することで、我々の技術水準にまでそう遠からず到達できる。
これは、当方の技術と地球の資源を交換する取引が成立することを意味する。
技術が未熟な今なら、軍事征服は易々と成し遂げられ、一方的な搾取も可能であろう。
しかしその考え方は、地球でさえ、遅れた野蛮な思想だとされている。

 よく晴れた、あれから二度目の夏の日だった。
「あら。やっぱり小さいなぁ」
 紗奈は、育ててみたもののあまり大きくならなかったスイカの玉を、残念そうに叩く。
 べち、と景気の悪い音がした。
 こんなことをしてみても、兄が帰ってくるわけではないだろう。
 警察には、行方不明者とされた。夏休み、家を出たまま帰ってこない。それ以上はなにもわからないし、なにも認めてくれない。
 いつも畑いじりをしながら聞いているラジオは、ここ最近、一日中ニュースばかりだ。
 もちろん、失踪者が発見されたニュースではない。
『高度な科学技術を持つ地球外文明との接触から、はや一ヶ月が経過しました。世界各国を親善訪問中の外交使節団は、今日はブラジルを訪問します』
 一ヶ月どころか、18年も前から接触していた……と言っても仕方ないだろう。
「はぁ」
 ためいきをひとつついて、隣に転がっている、明らかに大きすぎるスイカを思いっきり叩いた。
 手が痛かったが、夢から覚めたりはしない。
「ここに隠してたら気づかないと思ったのに。さては、しょぼいスイカしか実らなかったな」
 ぽぉん。
「勘違いしてほしくないんだけど、別に紗奈のために帰ってきたわけじゃないぞ。地球人60億の平和と未来を守るためだからな、っと」
 ぽぉん、ともう一発叩くと同時に、スイカの表面が割れて、ドアが開いた。
「あれ……開くの?」
「もう危険な異星人からポッドを守る必要はないからな。生体認証は掛けてきてない」
 ふたりの視線を遮るものも、通しているように見せかけるものも存在しない。
「ちょっと大人っぽくなった」
「ぜんぜん変わってねえなあ」
 二年ぶりに見る顔を、そんな風に笑いあった。

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