お題「逆」「スイカ」「電気街」
目標惑星21 現地名称「地球」に接近
出航時に登録された情報と現状を照合
地上近辺での気温および気圧・情報との誤差些少
大気成分・窒素78%・酸素21%・アルゴン1%・情報との誤差些少 その他有毒成分検出なし
燃焼・核分裂エネルギー文明の活動を陸上全土に確認 情報との誤差なし
地殻状態は安定
着陸成功率および乗員の生存確率に修正の必要なし
目標地点・当初予定から変更なし 最大面積の大陸のそばの列島
目標地点の文明活動を再確認 地球上有数の高密度な活動を観測 修正の必要なし
着陸を実施
人が入れるような大きさのスイカがあった。
きれいな球形で、表面は軽くつやのある緑と黒の縞模様。
流が物心ついたころから、庭に転がっている。
いつまで経っても腐ったりもせず、傷をつけてもしばらくすれば治っている。
流が9歳の頃、表面をぺたぺた触っていたら、突然スイカの一部がドアのように開いた。
中にはシートがひとつと、見るからに複雑な電子機械でいっぱいだった。
それから16歳の今まで、流は少しずつ、このスイカの機能を調べ続けている。
「流ちゃん、何時だと思ってるのよ!」
「んなでかい声出さなくても聞こえる」
スイカに向けて叫ぶ紗奈の声は、間に障子紙一枚ないかのように、流にそのまま伝わった。
このスイカは、外の音を完全にシャットアウトすることもできれば、筒抜けを通り越して大音声が響くぐらい増幅することもできる。中から外にも、もちろん同じだ。
それがわかったのは半年ほど前。
以前はシャットアウト状態になっていて、外から叫んでも叩いても、中の流にはわからなかった。
結果、出てこない流にヒステリーを起こした紗奈が、スイカを転がすという蛮行に及んだことが一度や二度ではない。
中身は姿勢制御されて角度を維持するし、ショックアブソーバーもあるから揺れもしないのだが、ドアが下になると出られない。それで一晩放置されたこともある。
「何時って……まだ十時じゃんよ」
ドアを開けて、顔を出す。
スイカ内部の明かりが漏れて、眉を吊り上げた紗奈の顔が照らされる。
「今日の分の宿題やってないじゃない。夏休みだからって、勉強せずに夜更かしばっかりしてちゃダメよ」
光の加減で、メガネのブリッジがチラっと輝く。
整った顔立ちで隙のない鋭い眼差し、生まれて一度もブリーチなど入れたこともない黒くまっすぐな髪。
そして見た目どおりの正義派な性格は、彼女を学級委員にしなかった年度は一度もない。
「宿題なんて写させてくれりゃいいじゃん」
流と紗奈は、年子の兄妹だ。流が兄で、紗奈が妹。今年はクラスも同じで、宿題も同じだ。
「だからそれ、イヤミでいってるの? 流ちゃんのほうが成績ずっといいのに……数学と物理は」
委員長の割りに、といっていいのか、成績はさほどよくない。文系はともかく、理系が悪い。
流は文系もよいが、理系はちょっと人並みはずれている。
「だってさ、俺でも紗奈でも宿題はできる。でも、スイカを調べられるのは俺だけじゃん。だったら、俺が宿題やってるのは非合理的でしょ?」
調べるどころか、使い方を説明しながら触らせてみても、なぜか紗奈がやると動かない。
流ならただボタンを押せば開くはずのドアさえ、びくともしない。
「まっ……た、バカにして……っ!」
手のひらが勢いよく振り下ろされ、スイカを打つ。ぽぉー……んと、長くよく響いた。
「あ」
紗奈の眼から涙がこぼれるのが見えた。
「ちょ、おい……。あのさ、泣いたら俺が言うこと聞くとか思」
ぽぉん、と耳元でいい音がまた鳴って、話が断ち切られる。
そして言葉が継がれることもなく、紗奈は涙をぽろぽろ落としながら、流の目をまっすぐににらみ続ける。
「あー……」
汚いずるい男女平等とかいって女の武器は平気で使う、と口の中でごにょごにょ言ってみても、紗奈は眉ひとつ動かさない。1メートルと離れていないから、聞こえていそうに思えるが。
20秒ほどそのまま。
「おっと、今日の宿題がまだだったな、っと」
流がシートから腰を上げた。
「学生の本分は勉学だよな。夏休みだからってたるんでたら、2年半後の受験戦争に勝ち抜けないってもんだ。全入時代だけど」
ぽぉん。
「目指せ医学部目指せ東大。もちろん、紗奈にいわれたからやるんじゃなくって、自分のためだからな」
言いながら出てドアを閉じ、家のほうへ歩き出す。
こんなヘンな言い方をするのも、ただ言うことに従うだけでは、「私を納得させるために言うことを聞いてるんじゃ意味がない」と正論で追撃されるからだ。
正論まっしぐらでうっとうしいからつい逆らう。でも、すぐ泣くから言うこと聞かないと仕方なくなる。そう流はよくこぼしている。
そうやって相手をツンデレにさせてしまう紗奈は、「掟やぶりの逆ツンデレ」などと異名をとる。
「……どうせ口だけのくせに」
「いやいやいやいや。夏でも夜はTシャツ一枚じゃ冷えるだろ。はやく帰ろうぜ」
手を差し出したが無視され、でもかまわず手首を掴んで流が歩き出す。紗奈も引かれて足を進めた。
スイカが落ちているのは、ふたりの家の裏山だ。私有地ではあるが、某県郊外、マツタケも金銀も何も出ないただの山の斜面は、売ろうにも買い手がつかない。
スイカに用がなければ誰も来ないし、用がある人間はこのふたりくらいのものだ。
化石燃料の使用形跡・電磁波の放射などの活動を確認
文明住人は哺乳類型 現地名称「太陽」の恒星系形態から想定される典型的な進化形態
搭乗員との生物的近似を確認
現地人との違和は隠蔽可能 操作開始
大気採取検査 呼吸可能な状態と確認
有毒微生物には、免疫系および抗体ナノプローブで対応可能
紗奈は、エアコンをつけたがらない。
そもそも部屋にエアコンがない。両親はむしろつけてやりたいと思ってるくらいだが、かたくなに断っている。
「暑い」
流はさっさとノルマを終わらせ、『新宇宙大作戦 エンタープライズの面影』を読んでいた。
「まだ帰らないでよ。1時間やるって決めたら1時間やるの」
表情からして、スイカの前で曲がったつむじは、まだ戻っていない。
たとえ本音が、「わからないところが聞けなくて困る」だとわかっていても、突っ込むとまたヒスを起こす。
「扇風機もってきていい?」
「ノートのページが風で飛ぶじゃない……」
「いや、部屋の隅で俺だけ当たるし」
「私ひとりに我慢させようって?」
手を止めず見向きもしないが、声が低い。
暑いんだったらエアコンいれればいいのに、と流は思う。当たり前だ。
「あ、汗でブラ透けてる」
「え」
紗奈が思わず体を見る。
が、着ているTシャツは黒で、到底透けるようなものじゃなかった。
「なぁ、エアコン入れろって言ったら、すぐ入れてくれるだろ、親父」
睨み付けるために顔を上げた紗奈に、間髪入れず話しかける。
「だから、エネルギーを大切にしないといけないこんな時代に、ちょっとぐらいの暑さ寒さぐらい我慢しなくちゃいけないの」
タイミングよく話しかけられたせいで、ついシャーペンを置いた。話を変えられていることにも気づかずに、まともに返事をしてしまう。
「細かい節約考えるより、抜本的対策を考えたほうがいいんだって」
「どうやってよ。石油が増やせるわけじゃないし、プルトニウムを捨てるところも大変、それを変えられるの?」
「エネルギーなんて、空から降ってくるだろ」
流は窓を指差す。
「太陽電池?」
紗奈の声色は呆れている。
「うん。そりゃ、地上に太陽電池なんて、何枚置いても解決しないけどな」
窓を差す指を、もう一度振る。
「太陽をぐるっと囲むように太陽電池の殻を建造したら、太陽から出てるエネルギーを全部利用できる。原発全部つぶしてもお釣りがくるね」
「できるわけないでしょ、そんなこと」
「うん。でも、太陽が放射してるエネルギーのうち、地球に当たってる分なんて、22億分の1くらいしかないんだよね」
「そうなの?」
「1天文単位を半径とする球体の表面積と、地球と同じ半径の円の面積を比べて計算してみれば出る」
そういってみると、紗奈の額に?マークが浮かび上がる。
「天文単位って……?」
理系は苦手なのがよくわかる発言。
「うん、まあいいから、とにかく、太陽光はほとんどが無駄なわけよ」
「うん」
身を乗り出して聞く紗奈の頭から、宿題はすっかり飛んでいる。
これで紗奈は、流の語る信じられないような理系トークが好きだ。
難しい部分をうまく飛ばして、わかりやすく聞かせてくれる理系話は、下手なフィクションよりも意外性にあふれている。
「そこで、石油を使い果たして困った、ある星の人類は考えた。目の前のエネルギー危機を乗り越えるために、太陽エネルギーを有効活用しよう」
ここから、流の長広舌。
「宇宙に浮かべた太陽電池パネルで、太陽光をもっと利用しよう。22億倍全部といわなくても、エネルギー危機を乗り越えられるまで。
残り少ないエネルギーで必死になって、頑丈で効率のいい太陽電池やら、太陽電池からマイクロ波で電力を送る技術やら、必要なものを開発した。
初めて打ち上げた電源衛星は、原発一機の1/3くらいの電力を供給してきた。
これはすごいということになって、さらに強力な衛星を開発しろ、どんどん次を打ち上げろ、と星を挙げての大号令。
庶民の手に電気自動車が帰ってきて、IHヒーターのフルパワーで作れる美味しい料理が戻ってきた。
その代わり、モノが消え始めた。
金銀のような貴金属は、衛星の電子回路に使われてどんどんレアになる。特殊な希少金属も値上がりして、つられていろんな物価が上がっていく。亜鉛やアルミまで太陽電池に回すようになって、ガラスや鉄ももちろん欠かせない構造材。
気がつけば、家は石造りか木造ばかり建てられる。食卓は、木や石の器に料理が盛られる。
不安になった国民が、ついに衛星推進政権を引きずりおろした時には、すっかり資源危機が叫ばれる時代になっていた、と」
「ふぅ〜〜む…………。含蓄深いわね」
ちょっと疲れたように、ふたりして背伸びする。
「政治家と庶民がそろってアホになるとき、ってのはどこにでもあるもんだ」
「それで、続きはどうなるの? 小説だったら、そこで終わりって半端じゃない」
「ん? んー…………。なんだっけ。おっと、時間過ぎてら」
わざとらしく腕時計を見る。
「あっ……宿題、今日の分終わってないのに」
「10日で全部終わらせるようなノルマが無茶なんだって」
流は、遠慮なく立ち上がった。
「ああ、そうそう、足りない資源は、隣の惑星をぶっ壊して資源を回収しよう、ってことになったんだ」
「どうやって?」
「さて。宇宙服着た土方副長が、つるはしかついでやるんじゃねえの。天然理心流掘削術、肩のつるはしは和泉守兼定!」
刀を抜くようなつるはしを振るような、不思議な動作を見せつつ、流が出て行く。
「ムリに決まってるでしょ」
「ま、環境が似てて、ムリせず人が住めるような星があったら、そこに掘りに行くのが簡単だよな」
しかし、そんな星があるということは、そこには生物がいる。大気中の酸素は、植物が光合成をして作られるのだから。
大気圏外軍事力ゼロ
大気圏内 推進式揚力航空機およびエンジン走行車両が主 半重力装置未開発
爆発エネルギーによる弾体射出兵器が、戦闘車両から歩兵まで、大小様々に利用される
直接交戦による制圧可能 当方予想被害はほぼゼロ
過剰な核軍備保有 自爆による相打ちを企てた場合のみ当方戦力に損害を被る
各種金属・希少元素の精製技術は十分に高度
征服が完了すれば、多量の金属資源を安全かつ効率的に収奪できると期待される
翌朝、デートに誘ったのは、流の方からだった。
電車に片道2時間揺られ、たどり着いたのは、世界に名だたる電気街。
「信じられない」
駅から降りた第一声がそれだったのも、仕方ない。
「兄妹でなに期待してんの?」
「兄妹以前に! こんなとこ、ひとりでくるとこじゃないの!?」
「いや、男一人で執事喫茶って入れてくれないだろ」
「なんでそんなとこ行きたがるのよ!」
「行きたくない? 一生忘れられないインパクトのある思い出になるはずなんだけどな」
「ないっ! そんな思い出いらない!」
「うーん残念。ところで、お兄ちゃん、って呼んでみて」
「は?」
「周りからそういう期待の目線が」
紗奈が周りを見ると確かに、周囲をいく人たちの目線が、ヘンな意味で熱い。
「『ツンツン妹で委員長だ』って言ってたけどなんのことだろな」
「と、とにかく、行くなら早く行くわよ」
「はいはい、行こう行こう」
寸劇の後、通りを歩き始めると、流がしょっちゅう立ち止まる。
「うわあなんだこの店、これが全部テスター? 世の中にそんなにテストするものがあるのか?」
……と、機械が並ぶ店の前ひとつひとつで時間をとる。
紗奈は手持ち無沙汰で少しずついらいらを蓄積しつつ、ゆっくりゆっくり通りを進む。
というか、前方左手に見えるピンクと水色がやけに目立つ巨大ポスターがべたべた貼られたビルの方にいくんじゃないだろうな、と気が気でない。
「おっ、懐かし」
人の様子を気にもしてないように見えた流が、突然何か手に持って振り返る。
「なによ」
ここでつまらないものだったら怒る、という気で見てみれば、ゲームウォッチだった。
「子供の頃遊んだやつと一緒だよ」
二つに折りたたむ形で、片方が液晶、片方が太陽電池になっている。
「こんなゲームだったかな?」
「うん、落ちてくる刀や槍を避けて、ニンジャを右から左に」
「あー、なんか覚えてるかも。確か、もともとお父さんが買った奴で、私たちが生まれる前のだよね」
「そうそう。それで、紗奈が失敗して怒って叩いたら、そのヒンジが折れてぶっ壊れた」
「えあ」
言われて思い出したようで、顔が赤くなる。
「5980円」
紗奈の手から取り返して、値札を見て財布を出した。
「高っか! それ買うの?」
「軍資金に不足なし」
迷わず店の奥に入っていく。
出てきた流は、もう脇目もふることなく、まっすぐ歩き出した。
「次どこいくの?」
急に変わったペースにあわてて食いつきながら、紗奈が訊く。
目的地があるようにしか思えない足取りだった。
「え、執事喫茶いくんだよな?」
「興味ないってば!」
「えー……」
意外そうかつ残念そうな声をあげる流。
「またの機会、なんて当分ないぞ?」
「そんな機会、なくっていいから」
結局もう用事もなく、ふたりは駅に引き返し、帰りの電車に乗り込んだ。
乗員は現地にて成長後、スイカの自動収集では得られない情報を採集、持ち帰ることを任務とする
手動での出航が行われない場合、着陸後16年3ヶ月9日4時間33分の経過をもってスイカは無人出航 オートパイロット帰還に入る
また夜になり、また流はスイカの中にいた。
流は、このオーパーツが宇宙船であることなど、とっくにわかっていた。
わからないはずの言葉で表示されるメッセージやログも、なぜか読めた。
見つからないように少しだけ試したが、操縦までこなせた。
おそらくそれは、遺伝子か電波か、なんらかの手段で記憶に埋め込まれたんだと思う。それくらいの技術はありそうな装置だった。
なにしろ、これは、重力制御で飛行する。
「期限は明日だし、な」
出航すれば、ワープ航法ではるか彼方の母星まで、11時間くらいで到着するらしい。
「俺の名前、生まれたときに綺麗な流れ星が走るのが見えたから、っていってたけど」
スイカの中から、星空を見上げる。全天周囲モニタを通して見る景色は、肉眼とまるで変わらない。
流れ星もなにも、赤ん坊の流を乗せたスイカがここに着陸して、近くに住んでいた両親が洗脳され、我が子だと思い込まされたんだろう。それっぽいログがあった。
土を踏む足音が聞こえてくる。
「昨日と同じこといわせないでよ」
中が見えるわけでもないのに、紗奈はスイカを覗き込む。
「ごめんごめん」
しかし流から見れば、大気圏に突入でき、宇宙にも出られるような強固な防壁越しに話しているとはとても思えない。
「怒らせる前に出てきなさい」
「いや、悪いけど今日はダメ」
「なんで!」
「いや実は、俺、宇宙人だったんだよね。このスイカは宇宙船で、今から星に帰らないといけない」
深刻な話をしているような顔をしてみたが、向こうから見えないのを思い出した。
ぽぉん。
手のひらが、ガラスに押し付けられたように見える。
近い大きな音にはリミッターがかかるようで、外で聞くのとはだいぶ違う音だった。
「電気街で、この惑星の技術力サンプルも採取できたし。あとは帰って報告するのが俺の任務」
もう一撃喰らわされる前に、流がペダルを踏む。
反重力装置が作動して、ふわりとスイカが浮かび上がった。
出力を調整して、外の紗奈と目線を合わせる高さで止まった。
「いくら紗奈が理系弱くったって、こんなこと、地球の技術でムリなのはわかるよな?」
紗奈は眼を白黒させる。
プロペラも回さずジェットも吹かず、音すら立てずに浮き上がる機械なんて、当然知らない。
「ちょっと、流ちゃんあなた、何よ、何者なの?」
「だから宇宙人だって」
「私のお兄ちゃんでしょ! 地球人!」
流が肩をすくめる。
「そう思わせるような電波がこれから出てたんだよ。びびびび」
「だって、16年も一緒に暮らして……」
「16年も気づかないんだから、よく出来た洗脳だよな」
ふわ、と浮かび上がった。
もう紗奈の手は届かない。
「じゃあ、行ってくるわ」
「どこに……いや、そうじゃなくて、その……あーもう、いつ帰るのよ! まさか日帰りじゃないでしょ!」
言葉を捜すうちに、怒り声に変わっていく。
「さあ、そもそも帰ってこれるんだか」
「来なさいよっ!」
両手を振り回して、飛び跳ねながら叫ぶ。涙を散らしながら。
子供が暴れているようで、思わず笑みがこぼれる。
「善処します。てゆか、片道11時間の距離だから、心配することないよ。そいじゃな」
それだけ言い残して、音声のスイッチを切った。
紗奈の声、風、葉擦れ、虫の声、何もかも消える。中の音なんて、呼吸音だけだ。
右のペダルを踏んで上昇。スティックを横に倒せば左右転回、引けば機首上げ、押せば機首下げ。前進するなら、前に倒しつつ上昇。
念のため、このまま大気圏外に出て、スペースデブリ帯を抜ける。あとはオートパイロットでいい。
「さて、11時間か。報告書作って……このモニターの明かりって、太陽電池動くのかな」
考えながら宇宙に上がる。
ロケット並みの速さで上昇していることを実感できないほど、静かで揺れもしない。
「……ま、あっちの技術なら、SDカードくらい読み出せるよな」
と、携帯電話を取り出し、テキストメモを打ち始める。
スイカのコンソールは、母星語仕様だ。使えなくもないが、日本語で考えて、翻訳して入力するのはめんどくさい。
地球の科学技術は順調に高度化を進めている。サンプル1(電子ゲーム機)およびサンプル2(20年後の携帯情報通信機器)を参照。
相応の情報・知識を伝達することで、我々の技術水準にまでそう遠からず到達できる。
これは、当方の技術と地球の資源を交換する取引が成立することを意味する。
技術が未熟な今なら、軍事征服は易々と成し遂げられ、一方的な搾取も可能であろう。
しかしその考え方は、地球でさえ、遅れた野蛮な思想だとされている。
よく晴れた、あれから二度目の夏の日だった。
「あら。やっぱり小さいなぁ」
紗奈は、育ててみたもののあまり大きくならなかったスイカの玉を、残念そうに叩く。
べち、と景気の悪い音がした。
こんなことをしてみても、兄が帰ってくるわけではないだろう。
警察には、行方不明者とされた。夏休み、家を出たまま帰ってこない。それ以上はなにもわからないし、なにも認めてくれない。
いつも畑いじりをしながら聞いているラジオは、ここ最近、一日中ニュースばかりだ。
もちろん、失踪者が発見されたニュースではない。
『高度な科学技術を持つ地球外文明との接触から、はや一ヶ月が経過しました。世界各国を親善訪問中の外交使節団は、今日はブラジルを訪問します』
一ヶ月どころか、18年も前から接触していた……と言っても仕方ないだろう。
「はぁ」
ためいきをひとつついて、隣に転がっている、明らかに大きすぎるスイカを思いっきり叩いた。
手が痛かったが、夢から覚めたりはしない。
「ここに隠してたら気づかないと思ったのに。さては、しょぼいスイカしか実らなかったな」
ぽぉん。
「勘違いしてほしくないんだけど、別に紗奈のために帰ってきたわけじゃないぞ。地球人60億の平和と未来を守るためだからな、っと」
ぽぉん、ともう一発叩くと同時に、スイカの表面が割れて、ドアが開いた。
「あれ……開くの?」
「もう危険な異星人からポッドを守る必要はないからな。生体認証は掛けてきてない」
ふたりの視線を遮るものも、通しているように見せかけるものも存在しない。
「ちょっと大人っぽくなった」
「ぜんぜん変わってねえなあ」
二年ぶりに見る顔を、ふたり、笑いあった。