カール・ゴッチII世

お題「カール・ゴッチ」「ライトノベル」「MADムービー」

 アニメDVDのCMの後、ポップなテーマソングのイントロが流れる。
「鷹走エコの『喋る気もないのに喋ろうとするからいけない』。皆様ごきげんよう。鷹走エコです」
 大人気というほどでもないが、アニメオタクの中でもコアな連中に人気の声優が、番組タイトルをコールする。ちなみに御年40歳。
 インターネットテレビで、まあ、高視聴率とはいわないものの、打ち切りラインを不思議と下回らない、スレスレの人気を誇る。
「今日のゲストは、皆さんご存知大人気パフォーマー、ゴッチさんことカール・クラウザーII世さんです」
「カール・ゴッチです」
 エコの隣でマイクに向かう、若い筋肉質な男が低い声で名乗る。
 黒いパンツとブーツ、そして肩からタオルをかけているだけの、露出度が高すぎる身なり。
 決してぶくぶく膨らんだ肉体ではなく、しなやかで密度の高い筋肉がびっしりと身体を包んでいた。
「きゃー」
 声だけ聞くとなんだかやる気がなさそうな黄色い声をあげるエコさん。
「生前は大ファンでした」
「それはどうも」
 エコさんが格闘技ファンなのは、この番組の視聴者なら常識だ。
「生まれ変わってもステキな肉体でらっしゃいますね」
「もちろん。ステロイドなどに頼らずに鍛え上げれば、こういう身体になります。薬を使うといけない。大きくなるだけです」
「大きいとダメでしょうか」
「Big man is big shit.」
「きゃー」
 有名な名台詞が飛び出し、エコさんが手を叩いて喜ぶ。
 そして、アントニオ猪木のモノマネで有名な芸人と、エキジビジョンマッチという名のプロレス風肉体コントをテレビの前で披露する。
 適当に卍固めを受け、大量のクッションを敷いた上にジャーマンスープレックスホールドを決めて3カウント。
 わずかなはずのスタッフが、エコさんとともに数倍の人数がいるかのような大歓声をあげた。

「はぁ」
 楽屋でシャツとジーンズを着込み、汗と一緒にメイクを拭い落とすと、そこにはもうカール・ゴッチではなく、一個のライトノベル作家・あさくら晃がいる。
 作家といっても、マイナーレーベルの新人賞の佳作に引っかかり、なんとか一冊出版したきりだ。その一冊も、八千部の初版がまだ残ってるらしい。
「どうせエコさんのテレビに出れるなら、人気ラノベ作家として出たかったなぁ、いや、出たいなぁ」
 そんな大望はあるものの、さしあたり現実は厳しい。
 第一作が大滑りだった以上、次は挽回できると担当を納得させる作品を見せないといけない。が、なかなか上手く行っていない。
「いやー! 大ウケじゃん! 再生回数が多かったら特別ボーナス出すってさ!」
 と、いかにも軽薄なイケメンが、ノックもなしに入ってくる。
 若いがこれでも、芸能人カール・クラウザーII世のマネージャーにして、晃の所属する芸能事務所の社長だ。
 執筆の合間にガテン系のバイトで食い扶持を稼いでいた晃は、恵まれた体格、鍛えられたレスラー並みの肉体、そして何より、少しメイクすればカール・ゴッチそっくりになる顔つきを、偶然居酒屋で出会ったこの社長に見込まれた。
「ほい、今日の給料」
 投げられた封筒は、どさ、と落ちた。
 いつも千円札で給料を払うのが社長の持ちネタではあるが、それにしてもなかなかの厚みだ。
 社長の小さな事務所では、すっかりクラウザーが稼ぎ頭になっている。
「ありがとうございます」
 このおかげで、文字通り売れない作家の自分が、かなりの収入を得られているのだ。
「じゃあ、次は土曜だね。大阪のクラブ・ロケッツでライブパフォーマンス。ヨロシク」
 と、さっさと社長は立ち去る。
「はぁ」
 ふたたび溜息。
 実のところ、別にこのカール・ゴッチのモノマネがそれほど似ているとは思えない。大体、ゴッチの試合を生で見たような世代じゃない。猪木・馬場すら見ていないくらいだ。
 こんな芸だったら、まだしも書いた小説のほうが面白いつもりだ。
 何ヶ月も考えて暖めたアイディアを整理し、プロットにまとめ、執筆する苦労の結晶。
 背が高いのも、ちょっとゴッチ似の顔なのも、才能といえば聞こえはいいが、単なる偶然に過ぎない。体型と筋肉を維持するのには多少努力もするが、これも体質に恵まれてさほど辛くない。
「なんでこんなことになってるんだろう」
 札束を握り締めつつも、喜べない晃だった。


 家に帰って、自分のウェブサイトを見る。
 ここだけは、晃の文学的才能を評価してくれる。
 ウェブ小説として公開していた頃から、多くの人たちが「面白い」と褒めてくれた。
 新人賞の佳作を取ったときは、みんなが祝福してくれた。
「常連さんたちはみんな、買ってくれたっていってるのになぁ」
 はは、と乾いた笑い。
 今日もいつもどおり、掲示板は平和なものだった。
『友達が面白いといってたので、先生の「春の息吹が聞こえる」を読みました。萌えるヒロインたちと、感動的なクライマックス、最高の作品でした! 僕もみんなに勧めたいと思います』
「いやー、うれしいなぁ」
 ニヤニヤと口元を緩めて、返信を打つ。
 先生なんて大げさなものじゃないです(^^; 楽しんでいただけて幸いです。次回作もまた読んでくださいね。
「っと」
 送信。
「愛されてるなぁ」
 このサイトを見ていると、自分が大人気作家のように思えてくる。
 まあ、そこまででなくても、もうちょっと本が売れて、面白いと評価されていいんじゃないだろうか。
 そう言ってくれる人がこんなにいるんじゃないか。
「本が売れてないのは、宣伝が悪いんじゃないか?」
 メジャーレーベルの大ヒット作だったら、ウェブサイトやら月刊誌に店頭ポップなど、いろんな手で宣伝してもらえる。そしてやがてはコミカライズ、アニメ化でもっと売り上げを伸ばす。
 それに引き換え「春の息吹が聞こえる」は、何をしてもらえたというのか。
 出版して、受賞の発表がちょっとだけあって、それだけ。せいぜい文庫の末尾、余りページにタイトルと三行あらすじが載るだけだ。
 誰がそんなので買ってくれるのか。
 腐りながら、気晴らしにニコニコ動画を開く。
 ライトノベルを書くようなオタクだけに、MADムービーを眺めるのも大好きだ。
「今日の人気動画は…………ぶっ」
 再生回数ランキングの最上位にいたのは、カール・ゴッチの、いや、よく見るとカール・クラウザーII世の顔がサムネイルになった動画だった。
「なんだこれ、『ゴッチゴチにしてあげよう』?」
 再生してみると、これまで何度か出演した深夜テレビやネットテレビの映像を切り貼りした映像だ。
 それに、初音ミクの歌を替え歌にした楽曲がかぶせてある。

♪ゴッチゴチにしてあげよう
  ゴッチイズムで頑張るから
♪ゴッチゴチにしてあげよう
  だからちょっとスパーしててくれ

「うう……なんでゴッチの方ばっかり人気に……」
 「Catch as catch can!」「Life is simple!」などとコメントが飛び交い、いわゆる弾幕状態だ。
 いつものように落ち込みかけたが、ふと思いついた。
「これ、宣伝に使えるかも」
 思い立って、コメントを書き込んでみた。
「実はゴッチII世は、ライトノベル作家のあさくら晃」
 すぐに反応が返ってきた。
「ゴッチさんがラノベ作家やってるようなモヤシオタなわけねえだろwwwwwwww」
「ゴッチさんはゴッチさんの生まれ変わりだろ、常識的に考えて……」
「あさくら晃とか聞いたことねえwwww」
「読んだけどクソだった。タイトルは『春の息吹が聞こえる』」
「感動的につまらなさそうwwwwww」
 晃は静かにPCのスイッチを切った。

 三ヵ月後に発売された次回作は、著者名がカール・クラウザーII世(あさくら晃)となっていた。
 著者近影は顔写真ではなく、鍛え上げられた全身像。
 略歴には、「Never lie, never cheat, never quit.」とだけ書いていた。


作: 無謀庵 ( mubou-an [@] sfrenatezze.com / 最強の伊織派blog )

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