お題「血」「衝動買い」「メタボリック」
日本社会は均質を尊ぶ。
「出る杭は打たれる」式の民族性。
この世界で最も成功した社会主義国・ニッポンに、彼はいた。
「ちっくそっまたプラズマじゃねえかファックあっくそなんであんなとこのデータポストとられてんだ味方ボンクラばっかかよファックファック」
附木祐樹、当年とって二十三歳。
一昨日衝動買いしたXbox360で、FPSゲームに夢中。
前から欲しかったXbox360を買う誘惑に耐えかねて、通販でクレジットカードを切ってしまった。
翌日、つまり昨日、バイトをクビになるとも知らずに。
給料の支払いを当て込んだ負債が、俄かに重く圧し掛かってくる。
その現実から目をそむけるため、今日は朝から一日ゲームゲームゲーム。
クビの理由が、それこそ日本の悪平等丸出しだった。
『顔がよすぎて同僚の士気に関わる』
188センチの長身、白雪の肌、月光の金髪。そして、あらゆる角度から見ても欠点が見出せない、シャープに整った顔立ち。
誰もが羨む、といいたいところだが、誰からも嫉妬され、敬遠される顔でもある。
この顔のおかげで、小学校の頃から孤立する日々だった。
ひとり上手に過ごして就職戦線を迎えてみれば、片っ端から面接で落とされる。
あるとき圧迫面接というやつで、ねちねちと「その綺麗な顔を作るのにいくらお金と時間をかけてるの」といったイヤミばかり言われ、つまり落とされるのはそういう理由か、と悟った。
結果、フリーターに身をやつし、格差社会の下のほうに割り振られるしかなくなった。
「なんで倉庫で冷凍魚を仕分けするような仕事で、顔が関係あるっつうんだよファック死ね!」
スナイパーライフルで敵兵の顔面を撃ち抜きながら叫ぶ。
休憩時間にみんながやってた花札からもハブられて、何かとキツい役目ばっかり押し付けられていたのに、文句も言わず勤めてたのに。
それがいきなりクビだ。
手持ちと口座の現金からXboxの代金をよけると、もう食費も残っていない。クビでなくてもギリギリの買い物だったのに。
「労働基準法どこいったんだよコロス殺すころす」
弾の切れたスナイパーライフルを捨て、ショットガンに持ち替えて敵陣に突っ込みつつ叫ぶ。
完全にブチ切れてはいるが、顔に傷をつけるような度胸もない。バイト先に火をつけたりするような無謀さもない。
基本的に善良で小心で、遵法的な性格だ。
ホストや芸能人のような、顔がよいほど好まれる仕事を……とも思ったが、そんな仕事だからこそ、強烈に嫉妬されるはずだと気付き、勤まらないとわかった。
顔がいいにも、限度というものがあるのだ。
「あー」
画面の中で、祐樹の操るキャラが斃れた。
「腹減った」
頭を抱えて髪に指を突っ込む。金髪は細く豊かで癖がなかった。
光熱費なんかは月末払いだから何とかなっても、食費はその場で現金払いだ。
ツケがきくような飲食店はないし、カードで払うような店に行ったらドツボだ。
「Xbox売りに行くしかないか……」
それはそうだが、決断するのが遅い。
朝からもう食う物も現金もなくなってるのがわかった時点で、行動すべきだった。
ヤケゲームをやってる間に、もうゲームショップが閉まる時間が過ぎている。
「その前に、なんか食わなきゃ、眠れもしないぞ」
それが問題だ。しかし金がない。
「仕方ない」
物理的には軽くなっているのに、主観的には重い体を、よっこいしょと持ち上げた。
祐樹は、駅前の繁華街から少し離れた広い公園で、ベンチに静かに座っていた。
外灯のわずかな明かりで、白い顔と金髪がぼんやりと浮かび上がるように見える。
「私だけは大丈夫、って思う女がいるんだよな」
つぶやいても、聞く人はまだいない。
痴漢の名所といわれないはずがない暗い公園だが、それでも迂闊に通ってしまう女性がいる。
この公園を挟んで駅の反対側に、高層マンションが建てられたせいだ。突っ切れば、2、3分は早く帰れる。
「腹減った……。早く誰か来いよ……」
祐樹はあくまで、空腹を満たすためにここにいる。レイプ犯ではない。
かといって食人鬼でもない。
吸血鬼だった。
人間離れした美貌が、人間でないことの証明。
しかし祐樹は、滅多に血を吸うことはない。
19世紀ならともかく、現代で人を捕まえて血を吸うなんてリスクが大きすぎる。
警察機構が発達しているから、ちょっとしたことでバレて逮捕される。
武器も進歩して、スタンガンや催涙スプレーなどの厄介な小型武器もある。
情報伝達も早いから、インターネットで吸血鬼の噂なんかが広まれば、あっという間に日本中から野次馬が集まる。
吸血で腹を満たして生きていくのは、もう不可能といっていい。
働いて米を買うほうが無難なのだ。
そして働くにも、吸血鬼の美貌が散々邪魔をしているわけで、まったく住みにくい世の中だ。
「わざと逮捕されるのも手かもな……」
刑務所に入ってしまえば、衣食住が保障されるのだから。
そこに、遠くから砂を踏む足音が聞こえてきた。
考えるのはひとまず止めて、気配を殺す。
さすが吸血鬼、暗いところなら身を隠さなくても、人間の目では見落とすくらい存在感を希薄にできる。
(で、でか)
通りかかったのは、若い女だった。
が、太っている。
メタボリックまっしぐらでhorizontal challenged、BMI指数は30の大台に乗ってる感じだ。
そんなのが、コンビニのアメリカンドッグを齧りながら歩いてきた。手には衝動の赴くままに買い込んだジャンクフードで太ったポリ袋も提げている。
「えい、いいやもう」
あまり脂の乗った血は好みではないが、贅沢言ってもいられない。
背後から飛び掛る。
首に腕を回す。
腕が引かれる。
ぐるん、と視界が回った。
「ごふぁ」
背中から地面に叩きつけられた。
息が止まりながらも、高校の柔道で投げられたときの光景を思い出した。
「いやっ! 痴漢!? 強姦魔!? …………あら、超イケメン」
その女は、騒ぎ出すかと思いきや、祐樹の顔を見て大人しくなった。
「それは、かわいそうにねー……」
ふたりはベンチに並んで座っていた。
コンビニの袋から取り出したチョコスティックを齧りつつ、女はしんみりと同情してみせる。
「俺だって吸血鬼に生まれたくて生まれたんじゃないですよ」
涙ながらの身の上話は、その言葉でひととおり締めくくられた。
「もう、そんなに泣かない。ハンサムが台無しじゃない……って、泣き顔も素敵だわぁ」
と、ハンカチを顔に当ててくれる。
「すみません。あなたは優しい人ですね」
顔が顔だけに、初対面の女性が不自然にやさしくしてくれることはよくある。
だがどうせ、理想的な顔と、そうでもない内面のギャップに勝手に幻滅するのがいつものパターン。
そう疑ってしまうのだが、しかし、不幸の告白のあとに優しくされると、ついついほだされてしまうものだ。
「……ところで、血を吸われたら、私も吸血鬼になったりするの?」
「いえ、それは、こっちがその気でないとならないです」
人を吸血鬼に変えて、何でも言うことを聞く奴隷にすることも、能力としては可能だ。
が、そうすると奴隷の衣食住を面倒みなければいけないわけで、貴族や富豪ならともかく、庶民の吸血鬼がそんな能力はなかなか使えない。
「じゃ、私の血を吸わない? ていうか吸ってくれない?」
「え?」
「最近、健康診断で血圧高いっていわれちゃって。吸われたら下がるかなって」
「あー……」
そんな対症療法より、今また開けたバタピーを捨てるのが先だと思うが、口には出さない。
「ね? お願い」
「は、はぁ……わかりました。じゃあ、ちょっと失礼して」
彼女に背中を向かせ、首筋に唇を寄せる。
「ん」
血管に牙を刺す。
(脂っこい血だなぁ、もう……)
しかも高血圧なために、思ったより勢いよく吹き出てくる。
とんこつラーメンのスープを一気飲みしているような気分だ。
勢いが収まり、やっと止まった頃には、胸焼けしてたまらないほど満腹になっていた。
「お、終わりました」
血が脂っこくて気持ち悪い、なんて言ったら怒られそうだから、なんとか笑顔を作ってみせる。
「わぁ、なんだか身体が軽くなったみたい」
彼女はご満悦だった。
「え……!」
祐樹も離れて彼女を見て、驚いた。
見てわかるくらい痩せているのだ。
腹の脂肪に食い込んでいたスカートのベルトが、緩んで腰骨まで落下している。
ぷくぷくしていた脚も、健康的な程度に引き締まっている。
「こんな効果があったなんて……」
「こんなに痩せようと思ったら、お菓子断ちして何ヶ月もスポーツ漬けよ! すごい!」
体型が変わって着崩れた服を押さえながらも、ハイになって彼女が軽い身体で踊りまわる。
そして突然、ピタっと止まった。
「……これ、お金になるわね」
半年後、テレビに『21世紀に中世東欧の奇跡! 吸血ダイエット』というテロップが踊り、痩せて美しくなり、高価な服と宝石で身体を飾った彼女が喋っていた。
「ワタクシの秘術は、一日おひとりに施すのが精一杯ですの。でも、その効果の程は、皆さんご存知の皆様が何よりの証拠でなくて?」
カメラがパンすると、太ってしまってバラドルに転向した元アイドルや、デブ専樽ドルなんて言われていたグラビアアイドルらが、美しいスタイルで笑っている姿。
「お値段も大変ですけど、それだけの価値はありましてよ」
それを見ながら、祐樹はため息をつく。
青山の高級デザイナーズマンションの最上階、テレビはプラズマハイビジョン。
彼女らの脂肪を血といっしょに吸い取って、こんな生活を手にいれたが。
「要するに俺がダイエットの肩代わりしてるだけじゃねえか!」
すっかり丸暗記したビリーズブートキャンプを一日中続ける祐樹の腹には、それでももっちりと皮下脂肪が詰まっていた。
現代は、吸血鬼には生き辛い世の中であった。