お題「未確認生物」「POSレジ」「電気毛布」
浅川が物心ついたときには、児童養護施設にいた。いわゆる孤児院だ。
親はわからず、里親も縁がなく、特別育成費をもらって高校に通って、社会に出た。
親に捨てられた理由は、自分でもなんとなくわかる。
まず、髪が紫色なのだ。比喩表現ではなく、本当に紫。漫画なら珍しくもないが、実際に見ると異様だ。
両親も、何か人ならぬものが生まれてしまった、そう思ったに違いない。
ただ、これにもいいところはある。
どうも、太陽電池か、さもなくば光合成のような作用があるらしい。
がらんとした、冷蔵庫すら置いてないこの部屋でも、日向に寝転んでいれば腹が膨れてくる。あとは水さえ飲めば普通に生きていける。
「しかしこれは、憲法で保障された最低限の文化的生活だろうか」
天井を見上げてつぶやく。なにしろ、電灯すら吊るしていない。
あるのは布団、机、本棚程度。ただ、本棚は大きく、また中身も十分に詰まっているところを見ると、金がないわけではない。
冷蔵庫もなければ電子レンジもテレビもなく、パソコンやゲーム機など言うまでもない。
電化製品というものが、とにかくひとつもない部屋だった。
「寒いな。コーヒーでも入れるか」
立ち上がって、台所のコンロに向かう。当然、電気ポットもない。
やかんに水を入れて、一旦横に置く。
コンロの火力つまみを最大にひねって、ライターに火をつけて近づける。
ふおっ、と火がついた。やかんを火に掛け、息をついた。
何度やっても慣れるものではないが、仕方ない。
浅川が異常なのは、太陽電池のような髪だけではない。
どういうわけか、電気機器を扱うと、普通では考えられないような異常動作を起こすのだ。
パソコンのスペースキーを押してみた途端、突然本体のファンがジェットエンジンのように猛烈に回転し、推進力で10センチ移動して力尽きて倒れ、中でパンパン弾ける音がして煙が上がった。
そんな複雑な電子機器でなくても、電灯程度でさえ、スイッチをいれるとブゥゥンと大きな振動音がしばらく鳴った後に蛍光灯が破裂する。
コンロだって、圧電点火といって着火に電気を使う。だから、こんな恐ろしい火のつけ方をしている。
ライターやストーブなどにもそういうものが多く、油断ならない。さっき使ったのはもちろんフリント式ライターだ。
湯が沸くまでの間に、マグカップにインスタントコーヒーと砂糖をいれておく。
養護施設時代、この体質について医師に相談してみたことがある。
が、相談もなにも、電気を使う検査機器が全滅してしまうものだから、診断の下しようがなかった。
今でも大学病院あたりで、「電子機器を異常動作させる特異体質について、電子機器を使わずに調査する手段」という難儀な命題に取り組んでくれている医学者もいるのかもしれない。
手段があるのなら、世界的に稀な特異体質ということで、どこかに入院させられて検査漬けの日々を送らされるかもしれないが。
注ぎ口から湯気が出始めたので、火を消してマグカップに湯を注ぐ。
陽に当たれば生きていけたり、電気が使えなかったりと、あまりに人間離れした体質。
だから浅川は、自分を人間以外の何か、一種の未確認動物だろうと思っている。
エスパー魔美だって私の恋を未確認なのだから、自分の生物種が未確認であってもいいのではないか。
いいわけがないのだが、調べようがないのだから仕方ない。
カップを持って部屋に戻る。
「熱っ! 熱熱熱熱あっ!」
冷えた手を温めようと両手でカップを包んでいたら、思ったより熱くて火傷しそうになり、かといって手を放すわけにもいかず急いでテーブルに置こうとしたけど手の限界が来る方が先で、思わずカップを放り出す。
飛んだカップはコーヒーを振り撒きながら、見事に布団の上に落ちた。
「うわー、超やらかした」
見る間にコーヒーが染み込んでいくが、もう手遅れだ。
コーヒーの染みなんて取れるのか。どうやって丸洗いすればいいのか。
何より、今晩何に入って寝ればいいのか。今でこそ熱いコーヒーだが、このまま放置して夜になれば、さぞ冷たくなっていることだろう。
自分ではどうにもし難い。
「うーん、あんまりつまらないことで迷惑かけたくないけど……」
普通なら電話をかけるところだが無理なので、自分の足で相手のところに向かうことにする。
浅川のこの体質は、選べる仕事の幅をかなり少なくしてしまっていた。
電灯のスイッチすら入れられない体質で、この世の中ではなかなかできる仕事はない。
それでも、親にこそ縁がなかったが、仕事には縁があった。
戦前からやっているという田舎町の雑貨屋。
お爺さんに先立たれ、ひとりで店を切り盛りしているお婆さんに、男手として雇ってもらえた。
勘定は算盤、帳簿はノートと鉛筆、という昔ながらの営業スタイルは、浅川にも問題なく勤まる。売り物には乾電池や電卓などもあったが、操作しなければ問題ない。
が、国立大学の経営学部を出た息子さんが、勤めていた銀行を辞めてIターンしてきた途端、様相は変わってしまった。
曰く、
「この店を、まずは古座川町随一の雑貨店に育てる! そして東牟婁郡、和歌山県、近畿地方、全国から世界へ広がる大規模コンビニチェーンにしてみせる!」
それが親孝行だ、と強硬に主張し、手始めにPOSレジを導入してしまった。
結果、浅川は失業せざるを得なくなった。
同情したお婆さんの友人が、ときどき農業や林業の手伝いを世話してくれることと、生まれ持っての体質で、生活に行き詰まっているわけではないのだが。
お婆さん自身も、浅川の母親代わりのように、些細なトラブルに手を貸してくれている。
「これはえらいことしてもうたなぁ」
浅川の部屋にきたお婆さんは、布団を見て笑いながらも困った顔をした。(※お婆さんの和歌山弁は大阪弁に翻訳して記載しています)
「どうすりゃいいんですか」
「これは丸洗いせなしゃあないわ。うちで洗たるから、持っていくわ」
お婆さんはまだまだ元気そうに、布団をたたんで持ち上げる。
「ああ、そんなの僕が運びますから」
「そこのトラックまでやん。浅ちゃんは敷布団持ってきて」
と、お婆さんはさっさと行ってしまう。浅川も敷布団を抱えて後を追う。
そして二人が戻ってくるときには、別のものを抱えていた。
「布団きれいになるまで、これで寝たらええわ」
しき・かけセットの電気毛布である。
「でもこれ、僕じゃスイッチも入れられませんよ」
「おばちゃんが入れたるやんか。それやったら大丈夫やろ?」
「ええ、まあそうなんですけど」
操作しなければ大丈夫だ。電灯のついた建物に入っても問題はないんだから、スイッチの入った電気毛布に入るだけなら平気だろう。
お婆さんはさっさと電気毛布を広げ、布団があったあたりに敷いてしまう。
「ほら、いっぺん入ってみ。ぬくて気持ちええから」
「はあ」
言われるままに入ってみる。
スイッチが入っていない今は、固くて重い割に今ひとつ温かくない毛布、という感じ。
「寝るんやったらあんまり熱せんほうがええから、温度は低にしとくわな」
といって、カチっとスイッチを入れる音がする。
しばらく待つと、ヒーターが熱を持ち始めた。
「温かいですね」
「そやろそやろ。ほなら、明日の朝までスイッチ入れたままにしとき。朝なったら止めにきたるわ」
「お手数掛けます」
「浅ちゃん気い使たらあかんて」
その後、夕食を作ってやる遠慮すると言い争って、お婆さんは軽トラに乗って帰っていった。
「落ち着かんな」
夜、電気毛布の間で、緊張気味に横たわっている浅川。
なにしろ、うっかりスイッチにでも触れれば何が起こるかわからない。
虫嫌いの人が、ムカデのような刺したり噛んだりする虫がいつ入ってくるかわからないテントで寝るようなものだろうか。
コード途中についたスイッチは離してあるから、大丈夫だろうとは思うのだが……。
そう思ってるうち、いつのまにか眠りに就いた。
大丈夫ではなかった。
寝ているうちに暑苦しくなり、毛布の外に手足を放り出して寝返りを打っている間に、スイッチを蹴っ飛ばしてしまった。
かけ毛布が暴走して立てる異様な音で、浅川は目を覚ました。
「!?」
毛布はひとりでにくるくる丸まって、ボール状になって浅川の腹の上に乗っている。
重かった。毛布一枚にしては重い。
見る間に、ボール形から手足のようなものが生え始める。
頭らしい部分からは、髪も伸びてきた。
やがて胸の上で、毛布はひとりの子供へと変貌を遂げた。
「……なに?」
浅川は呆然と子供を見る。
「……?」
子供は、「ボクは何もワカリマセン」という顔で、きょとんとしていた。
5歳くらいの小さな男の子だ。
「えー、寒くないか?」
裸でいるのに男の子は首を振る。
確かに、男の子の体は妙に熱い。いくら子供は体温が高いといっても、電気毛布並みは熱すぎる。
「これはあれか、電気毛布から生まれてきた……?」
あったものがなくなっていて、代わりにこの子がいる。
しかも、電気毛布らしい性質を備えている。
となると、荒唐無稽だがそう思うのが自然だろう。そもそも、浅川自身が異常なんだから、浅川が起こしたことがどれだけ異常でもおかしくない。
「んー……」
「ちょ、っと待った! 触らない!」
手持ち無沙汰になった子供が、電気毛布のスイッチに手を伸ばすのを慌てて止めた。
直感だが、この子も電気機器を壊す体質な気がした。
「むー」
拗ねた子供が胸から立ち上がり、部屋の隅に走っていった。
もう夜は明けているようで、窓からは朝日がさしている。しかし子供が座ったのは日陰だ。
「太陽電池にはなってないのかね」
浅川は朝食代わりに日に当たりにいく。
子供の髪の色は、浅川の紫色と違って、普通の黒だ。
「だとすると僕は、太陽電池が暴走して生まれてきたわけかな」
長年の謎だった自分の生い立ちを垣間見た気がして、するともしかしたら、太陽電池を壊した父親か母親がどこかにいるのかもしれない、などと考えてみた。
「おはよう浅ちゃん、もう起きてる……ってあっらーかわいい浅ちゃん子供おったん? 親戚の子? いくつなん?」
ノックもなしにドアを開けて入ってきたお婆さんは、子供を見ていきなりテンションを上げた。
「さっき生まれたみたいです。電気毛布から」
「あらほんま、かけ毛布あれへんわ。浅ちゃんてそうやって子供作るんやなぁ。名前は?」
「まだ決めてませんけど」
「ほなお婆ちゃんが決めたるさかいな。なんにしょうかなぁ」
物に動じないお婆さんは、子供を抱えてぐるぐる回している。
「……現に生まれたものは仕方ないよな」
浅川も、深く考えるのはやめた。戸籍とか学校とか、考えるべきことは他にある。