お題「血」「衝動買い」「メタボリック」
「ただいま〜」
お、どうやら姉ちゃんが帰ってきたみたいだ。
「お帰り。今日は早かったな」
玄関にいってそう声をかけると、姉ちゃんはよいしょと玄関の上がりかまちに座り、靴を脱ぎ始めてた。
「まぁね〜。あーでも疲れたぁ、今日の晩ご飯なに?」
「今日は豚の生姜焼きにしようかと」
近所のスーパーが特売日だったのだ。
まぁ、普段から特売日は必ずその材料がメニューになるんだけどさ。
「ふーん、これから作るの?」
姉ちゃんはいそいそと脱いだ靴を下駄箱にしまいつつ、何の気無しに聞いてくる。
「ああ、今作ってる最中」
「あっそ、じゃ、とりあえず着替えてくるわ」
「あいよ」
俺は台所に戻り、包丁を握りなおしてキャベツを刻み始める。
台所仕事…というより、むしろ料理が好きだから我が家の料理当番は俺が中心だ。
まぁ、大学生なんてある意味で気楽な身分だから、これぐらいは全然どうってことない。
「お腹すいたなぁ…」
姉ちゃんが着替えを終えて、そんなことをつぶやきながら台所に入ってきた。
「まぁもうちょっと待ってなって。すぐ出来るし」
「うん」
とか返事しながら、炊飯ジャーを開けて中を確認している。
そんなに腹減ってんのかよ。
まぁいい、とりあえず俺は自分の作業を再開、キャベツを刻むたびに包丁とまな板が小気味良くトントンとんとんと音を響かせる。
米の量に納得したのか、姉ちゃんが流し台の横にある冷蔵庫から麦茶を取り出すとコップにガバガバ注ぎ込んで、
「ゴクッゴクッゴクッ……ぷっはーーー!!んうめぇ〜!!」
…おっさん全開だぜ、我が姉よ…とか思ったのが聞こえたのかどうなのか、姉ちゃんがふと俺の方をみて…。
「あれ?あんたその包丁…」
あ、やべ、ばれた。
流石に普段あんまり台所に立たないとはいえ、見覚えのない包丁に気づいたか。
「ん?あー…ああ、今日スーパーで買い物したときにさ、実演販売に魅せられてつい……」
「…衝動買いしたわけ?! あんたは近所のおばちゃんと同類かっ!!」
「いやだってこれほら! めっちゃ切れるんだぜ!? ほらめっちゃ切れるって!」
俺は非難がましい視線に焦りつつ、だだだだだっ!とキャベツの千切りを生み出してゆく。
そんな様子をみて、姉ちゃんはがっくりうなだれつつ
「…は〜…、まぁ良いわよ、包丁だし。これが鉈だったり手斧だったり高枝切りばさみとかだったら殴ってるけど」
と、お許しの発言。
「いや、高枝て…流石にそんなの買わねぇよ。うちマンションだし」
おもわずそんな返事を返しながら、どうやらこの話題はこれで終わりだとホッとしつつ、そろそろ良い感じの量になってきたキャベツをもうちょっとだけ刻むか、と千切りを再開する。
「まったく…。あ、そだ、今日帰りに裕太君と会ったわよ。久しぶりだったわー」
「おう、そうか。あいつも最近バイトしてるから、滅多にこの時間には家の近くにいないんだけどな」
裕太ってのは俺の幼なじみの親友だ。
幼稚園からの付き合いだが、大学も一緒だし今もずっと良い関係で続いている。
ま、あいつは何よりイイ奴で信用できるからな。
「で、その裕太君から聞いたんだけど、あんたつい最近、彼女と別れたんだって?」
さくっ。
あ。
「いだーーーーー!!!!」
しまった!
あまりに唐突な手痛い話題だったせいで手元が手元がっっ!ていうか指をさくっと!!こう、さくっと!
「うわあんた何やってんのよ!」
姉ちゃんもちょっと慌ててリビングに仕舞ってある救急箱の所へ飛んでゆく。
俺はとりあえず水道の蛇口をひねって流水の中へ切れた所をGo!ってイテぇ!
ヤバいほどじゃないけど、結構深く切っちゃったなぁ。血がぶわっと出てるしジンジンするぞ。
リビングから戻ってきた姉ちゃんは
「バンドエイドしかなかったわ。消毒液の一つや二つ、買ってきとかないと駄目ね」
と言いながら絆創膏を剥き始める。
「まぁ、ウチは薬類にあんまり縁無いからなぁ…」
「はい、指かしてみ」
「ん」
流水に浸していた手を布巾で一拭きして、指を姉ちゃんのほうに向ける。
その間にもじわじわと切り口から血が…。
ぱくっ。
…くわえられた。
「…あの、姉ちゃん?」
「ん〜…」
消毒のつもりか、傷口を舌でれろれろと舐めてる。
気持ちは判るんだけど、切り傷を舌で嬲られると結構痛いんですが。
「ん〜…」
5秒経過。
「ん〜…」
10秒経過。
「ん〜…」
15秒…
「って、姉ちゃん舐めすぎ!!」
「んぷははっっ、いや、ついつい」
「ついついじゃねぇよ、結構痛いんだぞ、傷口舐められるのも」
「はいはい」
そういって、切ったところにペッと絆創膏を貼ってくれる。
「ま、これで良いでしょ。あんたもう良いわよ、残りは私が料理するし」
「え」
「…何よ、別に不味くはないでしょうよ、私の料理も」
「いやそりゃそうだけど、でもあんま普段料理しないしさ」
別に悪気があったわけではないんだけど、ついそんなことを言ってしまった。
「そりゃ日頃はあんたに任せっぱだけどさ、ちゃんと作るわよ。それにわたしの腕は悪くないの。あんたの料理が美味いだけなのよ」
「いや、そーいうつもりじゃ…。んじゃ頼むわ」
「はいよ」
そういってエプロンを付け替え、早速フライパンに油をおとして暖め始めた。
どうやら俺の鮮血入りキャベツの量は十分だと見たらしく、生姜焼きに取りかかるみたいだ。
俺はテーブルのいつもの所定位置にどっこらしょと座って待つことにする。
「で、あんた彼女と別れたって?」
…。
まだこの話題終わってなかったのか。
そして明日大学で裕太のやつ…SATSUGAIしてやる!!
「ああ、別れたよ」
裕太への溢れんばかりの情熱を持て余しつつ、何も答えないわけにはいかないので事実を報告する。
「何でまた」
「何でって言われてもなぁ…」
「じゃ、彼女から別れようって言われたんだ」
「…よく判ったな」
「伊達にあんたの姉を20年近くやってないわよ」
振り向きざまにっこりと笑いつつ、そんなことを宣う。
姉ちゃんは俺より6つ上だからか、それとも姉ちゃん自身がそういう見る目があるのか、俺の言動からよく判ってらっしゃる、というぐらい読みとるのが上手い。
「まぁそーいうこと。他に好きな奴がってさ。…焦がすなよ、豚ロース」
「判ってるわよ。でもふーん…そうなんだ。まぁ、あんたの場合はいまいちその気持ちというか情熱が伝わりにくい性格してるからねぇ」
姉ちゃんはカチャカチャと生姜タレを作りつつ、そんなことを言う。
じゅわーという音と共に、豚ロースが焼ける臭いがしてくるんだが…マジで焦がすなよ。
「そーなのかねぇ。…でも確かに、情熱的に好きだとか言えないわ、俺」
「だよねー。どっちかっていうと良い友達、先輩の類だね。ぱっと見は落ち着きあるし、そのくせ責任感とか割と強いから、高校の時は部活のキャプテンやらされていろいろ相談されてたし」
「…それは否定しない…」
「あははっ」
そんなやりとりをしつつ、姉ちゃんは作った生姜タレを良い感じに焼けてる…であろう豚ロースにぶわっとまぶして少し煮詰め始める。
…ああ、台所に生姜焼きの良いにおいが…。
「あー、早く食べてぇ〜」
「同感」
俺のつぶやきに、姉ちゃんが笑って即答した。
「しかし、あんたもよく食べるわね」
二杯目のご飯をよそっていると、姉ちゃんがそんなことを言う。
「いや、姉ちゃんも今日は茶碗一杯に食ってんじゃん。いつもは半分ぐらいなのにさ」
「わたしはいーのよ、忙しかった時はそれだけエネルギー消費してんだから。あんた大学入ってから大して運動しない癖に食べる量減ってないから、最近太ってきたでしょ」
「う…」
確かにそうなのだ。高校の時は運動部だったせいで、食っても食っても、食っても足りないぐらいの勢いで、体がその食べる量を覚えていて未だに量が落ちない。
いや、多少は減ったが運動しないのだからもろに体に…。
「こないだ風呂上がりにちらっと見たけどさー、その腹回り?腰回り?ともかくウエストの贅肉がすごい勢いで増えてる気がする訳よ」
「むぅ…」
あまりに的確すぎて返す言葉がない。
「あんたそのままじゃ完全にほら、あれよ、メタボリック何とか。メタボリックとか判りにくいから、あんたには肉ベルトでいいや。だからその肉ベルトを何とかしないと、体に悪いし、何よりデブよデブ」
「うわ、酷いことを何げにさらっと!」
「だってわたしデブって好きじゃないもの。それに部活やってるときのあんたはこう、きりっとしててカッコ良かったしね。わたしはそっちのが好きなの」
「う゛…」
正面切って目を見ながらそんなことを言われたら、照れてしまうではないか。
「ま、まぁ、食う量を落とすのはすぐには難しいし…これから運動するようにするわ」
「そーそー、そーしなさいって」
姉ちゃんは最後に残ったミニトマトをぷすっと箸で刺して、ふりふり動かしながら、
「もしかして、振られたのも太ってきてるのが原因のひとつだったりして」
などとさらにサクッと追い打ちをしてきた。
「しかし裕太のやつめ…姉ちゃんにあっさり話すとは…」
新たな原因追及には形勢不利を感じ取り、矛先を交わすべく憎いあんちくしょうの話題にかえる。
「ああ、何かもう知ってると思ってたらしいわ。私が知らなかったって言ったら『うわヤバッ』って言ってたし」
何で俺が振られたことをいちいち姉ちゃんに報告してると思うんだあいつは。
「まぁ、最後に『しっかり励ましてやってください』ってお願いされたけどね」
だから何で姉ちゃんにそれを頼むんだよ。
まぁいい、明日はその辺含めてしっかりと奴とディベートする必要がありそうだな。
「さて、ごちそうさまっと」
先に食べ終わった姉ちゃんが、食器を流しに片付け始める。
「あ、洗い物は俺がやっとくけど」
「ん〜? いいわよ、今日は。また明日から美味しいご飯作ってくれればね」
「いや、でも姉ちゃんの料理もちゃんと美味いじゃん」
俺は最後に残していた生姜焼きのひとかけらをほおばり、二杯目も残り一口となったご飯も口に入れる。
姉ちゃんは
「えー、そうかなぁ。やっぱりわたしの料理よりあんたの方が美味しいと思うけど。それに自分で作るのも悪くないけど、作ってもらったほうが美味しいって。楽だし」
いやそれ、最後のひとことがすべての本音だろうとつっこむと、
「ふふ、まあね」
軽く笑ったあとそう答えて、自分が食べた食器を洗い始めた。
俺も食べ終わった食器を重ねて流し台に持っていき、洗い物をしている姉ちゃんの顔を見たとき、ふとさっきの仕返しを思いついた。
「でもさ、あんまり美味い飯ばっかりだと大変かもよ」
「んー、なんで?」
「食べ過ぎて太る」
ニヤリと笑いつつそう言ってやると、姉ちゃんにもにっこり笑顔でこう切り替えされた。
「ああ、だいじょーぶよ。あんた、太ったわたしなんて見たくないでしょ?」
…裕太が姉ちゃんに話したのは何となく納得いった。
ちくしょう、なんて敗北感だ。