お題「逆」「スイカ」「電気街」
…信じられない事だ。
俺の目から見る限り、どこをどうみても違和感が残る。
ストリートで腕を組んで歩くカップル。
公園にあるベンチでのんびり過ごす老夫婦。
電車の中ももちろん、売店の売り子だってそうだし、テレビから流れてくる芸能人だってそうだ。
やはり目を引くのはスカートで、大半はシックな色合いのロングスカートかフレアスカートが多く、カジュアルの流行がそうなのだろう。
街ゆく社会人を見る限り、プリーツが入ったものは比較的フォーマルなスタイルで利用されるものが多いようだ。
方やスラックスは形が定番であるにもかかわらず、生地や色彩はもちろん、形状やデザインで工夫を凝らそうとしているデザイナーの腐心が見て取れる。
今すれ違ったカップルのヒロインは、定番中の定番とも言える黒の細身のスラックスが似合っていた。
…問題は。
その相方であるはずの男性が身に纏っているものが、ふりふりフリルのスカートでなければよかったのだが。
俺は老舗と言っていいオーディオメーカーのマーケティング部の一員なのだが、つい先日、ウチの社長から鶴の一声が発せられた。
曰わく、「2年後にあたる創業100年目の歴史にふさわしい、記念モデルを開発する」と。
それは通常のコンポセットをメインに、ポータブルオーディオ、シアターオーディオ、カーオーディオに至るまで、100年目の歴史にふさわしい相互リンクした製品を展開する、ということらしい。
この製品群のキモは自社独自規格のMMIC(マイクロ・モバイル・インテリジェンス・チップ)だ。
このチップは購入者の静脈認証登録を保持することはもとより、全てのオーディオデバイスのシームレスかつストレスのない利用を可能とする。
たとえば、コンポでダウンロードした曲や自分でCDからHDDに保存した曲情報を記録、カーオーディオやポータブルオーディオにも無線通信及び稼働可能な状態にあれば直ちに同じ曲情報を転送し、保存可能であれば記録する。
これにより、わざわざ自分でマイカー用CDを作成したり、ポータブルプレイヤーへの移行をする必要がない。
また、車中でFMラジオから気に入った曲が流れた際、その曲の情報を保存してカーオーディオから購入することもできるし、先ほどと同様に他のオーディオデバイスにも転送を行ってくれる。
セキュリティについては静脈認証を利用し、基本的に登録者以外の利用を妨げるようになっているので、プライバシーや保存してある楽曲や情報が外部に無断で流出することはない。
また、曲ごとに持ち主が好みとするイコライザーの設定も保存しているので、各機器個別に音質設定する必要もないetc…
…とまぁ、そんな色々便利そうな機能満載の新製品となる予定なのだが、100年目の記念モデルでコケるわけにはいかない、というのが上の考えだ。
まぁそりゃそうだ。
そこで、製品のメインになるイメージはあるが、それにプラスしてお客様が今現在どんなオーディオ機能に興味があるか調べてこい、と我らマーケティング部に号令が出された。
ウチは系列販売網をもたず、下手にワールドワイドで自社ブランド展開しているものだから、基本的には自分たちで調査するしかない。
そのため、俺の直属の上司は部内の皆をそれぞれ各地に派遣し、市場調査に協力してくれる一般販売店をめぐって情報を集めてこい、との指令を発したわけだ。
「…しかし、まさかこんな文化の国だったとはなぁ」
飛行機から下り立ち、この国に一歩足を踏み入れてまず驚いたこと。
それは服装だ。
上着はまだ…というか、普通だ。
俺の感覚では。
しかし、下は女性がスラックス、男性がスカートという文化を見たときには一瞬どころか、暫く何がどうなっているのか全く判らなかった。
そう、俺がいた国とは衣類の文化(下半身限定)が全く逆のファッションなのだ。
上司からの命令で市場調査のために各地に飛び散ったスタッフ達のなかでも、これほどの驚愕を与えられた国に行った人間はいないはずだ。
世界って、広いなぁ。
…それとも、あの課長め、判ってて俺をここに派遣したのか?
…なんとなくそんな気がするな、ちくしょう。
確かに俺は苺ジャムコーヒーかけご飯が好き、とかいうちょっと変わった彼女がいるが、別にキワモノ全部なんでもOKというわけじゃないんだぞ。
とはいえ、今はそんなことを思ってもしょうがない。
とりあえずネクタイをきゅっと絞って気合いを入れ、協力してくれるという販売店に向かう。
途中、周りからの視線が何故か痛いのを感じながら。
…俺が悪いわけじゃないんだけどなぁ。
その販売店は、この国で一番大きいという電気街の一角、メインになる大通りから一本裏に入った場所にあった。
ここはオーディオ類のみの販売取り扱い店だが、ウチと同じでオーディオならプロアマ問わず、大型からポータブルまで幅広く取り扱う大きな店だった。
店舗はビルひとつ丸ごとで、流石に扱い量の多さを感じさせる。
今日はここの店長が対応してくれるとのことで、PM1:30にアポイントを入れてある。
店舗にかかった看板をみると8Fまでのビルだが店舗関係は7Fまでしかない。ということは恐らく8Fがスタッフ関係のフロアになっているのだろう。
アポの時間までは暫くあるから、少し店内を見回ってみることにする。
店内に入ってみると、平日だというのにそれなりに人がいる。
電気街という特徴のせいかもしれないが、オーディオ専門店の平日としては十分な数だ。
1Fは今人気のポータブルオーディオ専門のフロアだ。各メーカーごとにコーナーがあって、サプライ用品の取り扱い量もメーカー純正の他にもサードパティ品も十分。
なるほど、これなら平日でも客は細々としたオプション品等を求めてこの店にくるだろう。
2Fはコンポ・ミニコンポ類、3Fはシアターサウンドシステム。
(…4Fから7Fまではプロオーディオ機器か。)
4Fから上は後でも良いだろう、ということで、2F・3Fとフロアを順に10分ずつ程度回ってみる。
各フロアにはそれぞれの売り場の人気1位から5位までが手作りのPOPで掲示してある。
そこにはどのような機能が人気で売れているか、またどんな使い方をすると便利か等が書かれている。
あと、珍しいのは欠点についても記載があることだろうか。
例えばポータブル売れ筋1位はバッテリが今ひとつ、シアターサウンド売れ筋1位はとにかくデカい、などなど。
これなら良い情報を貰えそうだと思いつつ、アポ5分前になったので8Fの事務所に移動する。
エレベーターを降りると、すぐ目の前にドアが一つ。
そこには【STAFF ONLY】と看板が掛かっているので、とりあえずノックをして入ることにした。
「失礼します」
入ってみると、目の前にまっすぐ伸びる通路が1本。
右手にはスチールラックが図書館の本棚よろしく、規則正しい配列で並んでいる。
そこにはいろんなメーカーの段ボールが積まれており、部品在庫か製品在庫のようだ。
当然のようにア行から順にあり、眺めてみるとハ行にウチの段ボールもある。
あのサイズならウチに関しては部品在庫だ。
ということは他のメーカーの製品も、製品在庫ではなく部品在庫をしているのだろう。
右奥に透明のパーティションで区切られた部屋と作業卓が見えるから、ちょっとした検査や修理は自分たちでやっているのだろう。
左手には事務机が5卓を1つの島にして、5つほどのグループがあるのが判る。
大半の人はおらず、最も手前の席にいる女性ら4名はインカムをつけて電話をしている。
問い合わせの対応係だろうか。
そして左手壁際に、フロア中央に向かって並べられている少し豪華な3つの机があるが、おそらく責任者クラスの席なのだろう。
…と思って眺めていると、その1つに座っている一人の人物が俺に気づき、微笑をうかべながらこちらに向かって歩いてくる。
「初めまして。ここの店長をしています、ジェシカ・リリーと申します」
そう言って彼女、リリーは右手を差し出した。
「…でさ、この店長が美人で…って、聞いてる?」
「ん〜? んー」
調査の仕事を終え、今日帰国した俺の目の前にいる彼女が、シャクシャクと音を立てながらスイカを食べている。
マーケティングで行った国でお土産を買い忘れた上、二週間も放っておいて連絡一本入れなかったせいで、良い感じにご機嫌ナナメな彼女の為に急遽、好物のスイカを買ってきたのだ。
今は時季外れなのでハウス栽培ものだが、かえって糖度が高いものらしく、美味しいらしい。
「でもいいよねー、仕事とはいえ海外行ってさー、美人の店長さんとも仲良くなってさー」
と、聞いてるのか聞いてないのか判らない反応だったのに、ちょっと当てつけぽく言ってくる。
「いや、でもその後もちょっと大変だったんだって。ほら、俺、仕事だったからスーツで下はスラックスだろ?だから向こうだと俺は女装しているみたいに見えるわけ。おかげで店長さんにはちょっと申し訳なかったし」
「なんでー。いいじゃん、迷惑かけとけば」
「いや、そうはいかんだろ…って言ってもどうしようもなかったんだけど。幸いリリーは他の国の取引先ともやりとりがあって、そのあたりの文化の違いも理解があって良かったけど」
「…リリーぃぃ!?」
「あ、いやこ」
「ふーんふーん、仕事で行ったのに随分仲良くなったんだねぇ良かったねぇふーん」
「いやだから、これは向こうの名字みたいなもんだからそんな大したことじゃないんだって」
「……」
彼女はぷくっとふくれ面をしながら、切り分けてあるスイカに更に手を伸ばす。
そして同じく出してあった練り辛子をスイカに塗り始める。
…絶対そのまま食べるか、塩をかけて食べた方が美味いと思うんだけど。
「…あのさぁ、その食い方、ホントに美味いか?」
「美味しいの! これがわたしの地元でスイカを食べるときの文化だったの!」
「…お前、俺と同郷じゃねえか」
「……」
「おーい」
「…」
呼びかけに対する回答=シャクシャクシャク。
駄目だこりゃ。
しょうがない、ここはもう一つ取っておいた切り札を使って機嫌を直してもらおう。
「こほん、あのさ、実はもう一個お土産があるんだけど」
「…?」
お土産という言葉が気になったのか、シャクシャクとスイカを食いながら目だけで「何よ?」と聞いてくる。
「ああ、こないだまで休み関係なくさっきの仕事の件で海外出張してたろ? だから替わりに休みを2日ばかり申請したら貰えてさ。お前も明日から休みだろ? そこでなんだけど…」
ごそごそと鞄から封筒を出す。
「これ、ロイヤルベイ帝都ホテルのディナー付き宿泊券。前から一回は行ってみたいって言ってたからさ。…明日、久しぶりにゆっくりデートしよう」
「…ふんっ」
言葉に反応して、彼女の表情が嬉しそうになった。
その嬉しさを頑張って隠そうとしてるみたいだけど、基本的に正直で嘘つけないからなぁ、こいつ。
さらに「いいかな?」と伺う感じでじっと見つめてやる。
「…」
あ、ちょっと顔が赤くなった。
…かわいいなぁ、もう。
練り辛子塗りたくったスイカをシャクシャク囓ってるけど。
注:この物語はフィクションです。作中の人物、国家、IC、仕事内容などはいっさい存在しておりません。
また、作中の食べ物を試しに作って食べた結果、おなかを壊されても責任は負いかねます。
ご了承ください。