お題「密室」「グレネードランチャー」「醤油」
「凶器はこのグレネードランチャーじゃないでしょうか」
「グレネードランチャーって、小さい大砲みたいなのじゃないんですか? そんなもんを撃ったなら、もっと死体も室内も滅茶苦茶になってるんじゃないか」
「正確にいうと擲弾筒だ。それもレプリカだよ」
「紛らわしいな」
「てか、一応擲弾筒の発展したものがグレネードランチャーですけども、もう別物といっていいですよ」
「で、レプリカでどう殺したんだ」
「ぶん殴ったんじゃないでしょうか、これは日本軍が使用していた八十九式擲弾筒のレプリカですが、物好きが凝りまくった結果、重量も再現しているようで5kg近くあります」
「人を殺すにゃ十分なシロモンか」
「ガイシャは、相当な戦争マニアですね」
「どうも、頭に傷の類は無いですよ」
「こいつで撲殺したんじゃないってことか。すぐ側に転がってたが」
「犯人に対して、それを武器に応戦しようとしたのでは?」
「そうかもしれんな」
「ん、ああ、本人が来たから、聞いてみりゃいい」
「おお、来たか」
横たわる死体の周りであれこれ話していた刑事たちが、引っ張られてきた俺の姿に気付いた。
「で、どう殺ったんだ?」
みんな、俺が犯人だと思っている。
しかし、俺は人殺しなんてやってない。この戦争マニアらしい男とは面識は無い、従って恨みも無い。家も勤め先も、ここからは相当に離れている。
アリバイもある。仕事先の同僚上司、家族が証人だ。
でも、刑事たちはそんなこと調べようともしない。
「俺は、殺ってません」
刑事たちの反応は様々だ。呆れる者、敵愾心あらわに睨み付ける者、ため息をつく者。
みんな、嘘をつけ、と思っているのは一緒だ。
「この部屋は窓にもドアにも内側から鍵がかかっていた。つまり……」
「密室、ですね」
俺は刑事の言葉を最後までいわせずにいった。自分がどんな時に呼び出されるかは嫌というほどわかっているのだ。
俺はテレポーテーション能力がある。
唐突だが、本当のことだ。能力を発動させるのに精神集中にやや時間がかかること、一度に移動できる距離など多少制約はあるが、瞬間的に移動できる。
それだけならば問題は無い。むしろすこぶる便利な能力だ。
だが、ここに、密室で死体が発見されると「すわ、密室殺人事件」と色めきたって明らかにそれ以外の事件よりも張り切って、とりあえず俺を重要参考人として呼び出して「こいつはテレポーテーションできるからこいつが殺ったに決まってる」と頭から決め付ける刑事たちがいるとなると問題なんてもんじゃなくなってくる。
テレポーテーションで逃げるにも先に述べた制約があるし、それに俺は今の生活を捨てたくはない。
「部屋の中からは、ガイシャと友人の指紋しか出てきませんね」
「その、友人ってのは」
「ガイシャが、よくサバイバルゲームをやっていた仲間です。みんなアリバイがあります」
「そうか」
いいよなあ、普通の人は。アリバイがあったら捜査対象じゃなくなるんだもんな。
「部屋の中にテレポーテーションしてきて、殺害後、テレポーテーションで逃げる……これじゃ指紋も残らんな」
はい、残らないですね。
密室殺人ってのは、物語の中だけだ。実際、俺が今まで容疑をかけられた密室殺人……らしき事件もその全てが事故や自殺が、偶然に他殺のようにも見えるようになったりしただけだった。もっとも、刑事たちは俺の巧妙な偽装工作だと信じて疑っていないのだ。税金払いたくなくなってくる。
「こりゃなんだ。酒か?」
刑事の一人が、テーブルの上にあった空の一升瓶を見ながらいった。見ると、底の方に黒い色の液体が残っている。
「ああ、醤油か」
臭いを嗅いだ刑事がいった。
「醤油の一升瓶とは近頃珍しいな」
確かに、最近あまり見ない。
「あ、ちょっとこれ見てください」
机上のパソコンの側を調べていた刑事が声を上げた。
「カメラか」
「これ、どうも動きっぱなしだったみたいですよ」
その言葉に一同がざわめく。
「それじゃあ、犯行の一部始終が映っているかもしれないのか」
「そうだとしたら、これは動かぬ証拠ですね」
「よし、見てみよう」
いいながら、みんなチラチラと俺の方を見る。今度こそ年貢の納め時だといわんばかりの表情で。
まあ、是非とも犯行でも事故でも一部始終が映っていて欲しいものだ。それでいくらなんでも俺の潔白は証明されるだろう。
映像は、警察が持参してきたノートパソコンで上映されることになった。被害者の持ち物のパソコンを無闇にいじりたくないからだろう。
刑事が発見した位置から撮ったであろうこの部屋の映像が出てきた。今は無残な死体となって倒れている男が、緊張した面持ちで映っている。
しかし、あまり緊迫感は無い。なにやら、無理に緊張した表情を作ろうとして、笑いをこらえているようにも見えるのだ。
「えー、明日、急遽親族で集まることになりました。いや、もちろん召集を受けた身でそのような我侭が許されぬことは重々承知であります」
男は、敬礼してから話し始めた。
「しかし、実はすこぶる体調が悪く、従軍は到底不可能。却って足手まといになるばかり。いや、軍曹殿、本当であります」
あくまで顔は真面目なままに、男はそういって、おもむろに一升瓶を取り出した。その中には黒い液体が満杯になっている。
男は深呼吸を一つすると、瓶を口につけて傾けて、一気に飲み始めた。
みるみるうちに瓶の中身が減っていく。そして、とうとう飲み干してしまった。
「とても、従軍には耐えられません。……いや、マジでこれきついわ。親族会議出れねえよ」
男は、笑い出した。そして「マジで辛い、これ、辛い」といいながら蹲った。やがて顔からは笑みが消えた。
男は携帯電話を手に取り、どこかに電話をかけたようだった。何かを話しているようだが、声が小さく、ボリュームを最大にしてもよく聞き取れなかった。
やがて完全に突っ伏して動かなくなった。最後に腕を伸ばしたが、それが床に置いてあった八十九式擲弾筒のレプリカに当たり、擲弾筒は倒れて転がった。
一分ほどそのまま見続けたがまったく動きが無いので早送りにしたが、それから二時間、なんの変化も無いままに、第一発見者の母親が大家とともに部屋に入ってきた。
最後に電話した先は母親であった。よく聞き取れぬが尋常ではない声音だったので様子を見に来たらしい。
真相は、醤油を一升一気飲みしたことでの急激な塩分過剰摂取による各種障害による死であった。
八十九式擲弾筒などという年代もののレプリカを所持していたことからもわかる通り、彼とその仲間はそういうもののマニアで、サバイバルゲームもそのノリで行っていたらしい。
そこで、誰かが以前に急な用事で行けなくなった時に、醤油を一気飲みして「体調が悪く従軍できません」という映像をメールで送ってきたのが仲間内で大ウケしたことがあった。戦時中、徴兵忌避のために醤油を一気飲みして体を壊して徴兵検査で弾かれるようにした、という話があり、それを元にしたネタであった。
そして、今回の被害者もそれを真似したところ、不幸が起こった。
一升醤油を一気飲みすれば必ずしも死ぬというわけではないが、それは十分に致死量といっていいらしい。
俺の疑いは晴れた。
「じゃ、帰っていいよ」
謝罪の一言も無い。なにしろ、俺はテレポーテーション能力者。疑われてもしょうがないんだから疑われても文句いうな、って立場なのだ。
「くそ、次こそ尻尾を掴んでやるぜ」
無えよ、そんなもんは。
さて、テレポーテーションで家に帰ろう。時間は有効に使いたい。またいつ密室殺人……らしき事故、自殺が起きて呼び出されるかわからないんだから。