土曜の昼、彩のバイト先の画材屋。
詠美が学校からの帰途、真っ先に足を運んで買い物をしていた。
店内には客の姿はあまりなく、空いていた。
「……一九八円が一点、一三〇円が一点、一五〇円が一点……消費税合わせまして、五〇一円になります……」
彩に金額を言われて、詠美が財布を覗きこむ。
五百円玉、一円玉一個ずつのたった二個でちょうど払える金額。
「ふみゅ……」
しかし、小銭入れの中に見えるのは十円百円ばかり。一円玉がない。
札入れの方に目をやっても、あるのは一万円札二枚。
たかが五百円そこらの買い物に一万円札を出して、大量の小銭を返されるのは、
「……ちょおむかつく」
と思う詠美である。
確かに、財布が小銭まみれで重いのは、詠美でなくともちょおむかつくだろう。
「……?」
財布には明らかに五〇一円以上あるのに出さない詠美を見て、怪訝な顔をする彩。
その怪訝な顔がまたちょおむかつくのである。
しかしそうやって頭に血が上ると、また小銭を探す手付きが荒くなって、よけいにちょおむかつく悪循環にはまるのである。
「詠美……あんたさっさとしぃや」
たまたま居合わせた由宇が言い放つ。
「うっさいわねこのパンダ!」
そして、こっちも焦ってるところを急かされるのは、いよいよ爆発的にちょおむかつくのである。
「……あの……小銭……ないんですか……?」
「探してるんだからちょっとぐらい待ちなさいよぉ!」
「……それでしたら……これを……」
「ふみゅ?」
と、彩が奥の棚から何かを取りだしてくる。
「半自動硬貨選別機・ジャラ銭シェイカーです……」
見た目は、カクテルシェイカーそのものの、ステンレス製の樽形容器だ。ちょっとダイヤルのようなものが付いているぐらいか。
「はんじどう……?」
漢字の言葉を聞き取れなかった詠美が聞き返す。
「まず、このダイヤルを見てください……」
彩が詠美に見せたダイヤルは、赤い▲のところに百円玉の絵が描かれた目盛りが合わせられていた。
「今回の場合は一円玉。一円玉を出したいときは、これを一円に合わせます。そして、本体を真ん中から開きます」
引っ張ると、樽の中央あたりからふたつに分かれて開いた。
「そして、お金をいれます。これはどちらでもかまいません」
レジから一握り小銭を掴みだして、シェイカーに入れる。
「それからまた元通り蓋をして、両手でもってはいシャカシャカ。そうすると……」
少し振ると、シェイカーの底に空いた穴から一円玉が転げ出て、彩の左手に落ちた。
「はい、一円玉です……」
「おおっ!」
詠美が感嘆を漏らした。
「これを使えば、レジの前で小銭がないと困ることもありません。消費税導入以来、財布が無闇に重くなってしまうみんなの強い味方。なんとこれ、新五百円と旧五百円の区別もできますから、今時両方に対応していない自動販売機の前で立ち往生してちょおむかつくこともありません」
売り込みモードの彩がまくしたてる。
「ふみゅ……」
「まだお迷いですか。でしたら、実際お使いになってみてください。便利さがわかりますから……」
詠美の手に、ジャラ銭シェイカーを押しつける。
詠美はとまどいながらも受け取って、自分の財布の小銭を流し込んで蓋をする。
「えっと、こう?」
「あ、底から小銭が出ま……」
彩が言いかけたところで詠美がジャラジャラと思い切り振った。
「ふみゅぅっ!」
すると、シェイカーの底から一円玉勢い良く飛び出して、ちりん、と音を立てて少し離れた床に落ちた。
ころころ、と転がって、売場の展示台の下に転がり込む。
「……。」
「……。」
短い沈黙の間にも、詠美の脳内では「一円があったなら、たぶんあったと思う五百円玉といっしょにはらっておつりなしですむ」という考えと、「だからって、たなの下にころがった、それもたかが一円玉のためにじょてーの詠美ちゃんさまがひざをついて床に手をつけるなんてちょおちょおちょおむかつく」という考えが激しく交錯していた。詠美の頭がよく回転するのは、漫画を描くときとちょおむかつくときだけである。
「も、もういっこ一円玉……」
今度は底から飛び出さないように手を当てて、もう一度振ってみる。
じゃらじゃら、と、うるさい音を立てて振る。
「……。」
しかし、出ない。
「あの……」
「うっさいわねぇっ! ちょっと待ちなさいよっ!」
ちょおむかついてみても、やっぱり出ない。
「……構造上……あるときは、必ず五秒以内に出てきます……もう一円玉はないはずです……」
「うーっ!」
やけになって振りまくるが、やっぱり出ない。
「あのなぁ詠美。あんた、それも買うんか?」
見かねた様子で由宇が口を挟む。
「ふみ……どうしよ」
「買うんやったら、それの代金も足したら五〇一円やなくなるやろ。一円一個出てきても関係なくなるかもしれへんで」
「あ。なんでさっさと言わないのよ」
「知らへんわそんなこと」
と、喧嘩になりそうなところで、
「あの……半自動硬貨選別機・ジャラ銭シェイカー……八八〇円です……」
彩が進言した。
「……それも入れて、消費税たしたらいくらになるの?」
「えっと……」
詠美に聞かれて、彩がレジを叩く。
「……一四〇二円でした……」
「ちょ、ちょおむかつく金額ね……」
一個でよかった一円玉が、二個必要になってしまった。ちょおむかつかずにはいられない。
「……そういう値段ですから……しかたないです……」
「ふみゅ〜ん……」
だからといって、二円負けろ、なんて恥ずかしい交渉をするのもちょおむかつく。
今更、やっぱり買わないと言ってさっきの一円玉を拾いに行くのもちょおむかつく。
ちょおむかつく板挟みに苦しむ詠美。
「しかたないわね……ちょおむかつく」
妥協することにちょおむかつきながらも、一万円払ってお釣りをもらおう、ということに落ち着きかけた詠美。
一万円札を取り出して、ジャラ銭シェイカーの横に置いたとき、ふとあることに気付いた。
「あれ……ちょっと、こんなでっかいシェイカー、どこに入れて持ち歩けばいいのよ」
一万円札と見比べても、明らかに大きい。ジャンパーやコートのならともかく、ズボン程度のポケットには入らないであろうサイズ。
鞄にならもちろん入るが、ちょっと財布をだすついでに使うアイテムなのに、ポケットから財布と同時に取り出せないのはちょおむかつくであろう。
「……言われてみればそうですね……」
彩も同感らしく、ちょっと首をひねる。
「不良品みたいなもんじゃないのよ。ちょおむかつく」
「……では……こういうアイテムもご紹介します……。マイコン内蔵カウンター財布・大蔵大臣一号です……」
彩が再び奥から取りだしたのは、若干厚みがあるものの、ごく普通の札入れ形の財布である。
「一見普通の財布ですが、中を開くとこの通り、小銭入れが六つに区切られていて、分けて入れられるようになっています」
「おぉっ」
「しかしこれだけでは大蔵大臣の名が廃ります。区切りごとに小さな液晶パネルがついてますよね。今ゼロが表示されてます。ということはどういうことでしょうか。そう、賢明なみなさんの考える通り、お金を入れると自動的に数がカウントされて、それが液晶に表示されます。中身を一個一個数えなくてもひとめでわかる優れモノです」
「ふみゅ……」
「たまった小銭を、おうちでジャラ銭シェイカーにかけて分類。そして、大蔵大臣一号に区分けしていれる。この組み合わせ、これ。最強」
「よ〜し、それも買ってあげるわ! いくらよ?」
すっかり煽られて、ちょおむかつく暇もないまま勢いでそう答えてしまう詠美。
「ちょっと詠美、あんた……」
こんな変な高機能商品は高いだろう、と忠告しようとするのは、テレコンワールドを好んで見て、ニッチな商品の相場をよく知っている由宇である。
「……一五〇〇円です……」
「やすっ!」
九八〇〇円を予想していた由宇が、つい感想を漏らす。まるでサクラのように。
「よーし、それぐらいなら文句ないわ」
さっそく彩から大蔵大臣一号をぶんどって、財布の中身を移し替え始める詠美。
どういう仕組みかは彩にも詠美にもわからないが、確かに入れた数が正しくカウントされて表示される。
「おおおおー」
ちょっと感動気味の詠美。
「それではご精算よろしいでしょうか……」
「うん、いつでもきなさいよ! 何百円でも何十円でも!」
正確に数えられた硬貨を見て、自信満々に答える詠美。ちょおむかつく気分なんてすっかり吹っ飛んでいた。
「……一九八円が一点、一三〇円が一点、一五〇円が一点、八八〇円が一点、一五〇〇円が一点……二八五八円に消費税合わせまして、三千円ちょうどになります……」
「……はい」
一万円札を差し出して、微妙にちょおむかつく詠美だった。