いじめの構図・こたつ編

 日本家屋というのはどうしても隙間の多いもので、冬となると結構すきま風が入るものである。柏木家のような築数十年を経た屋敷となれば、いかに名大工の手で丁寧に建てられた家とはいえ、隙間が増えて寒気の侵入は止めきれなくなってくる。
 そこで、「炬燵」という家具の出番である。
 布団で熱源を囲って、寒気を遮り暖気を逃がさない、実に理に適った暖房器具である。

 ただ、四角形の机の形をとる以上、辺――すなわち、人の入る場所――が四つしかないのは自然の定理だ。

 今、柏木四姉妹はそれぞれ各辺に収まり、千鶴は冷えた手を布団に入れて暖め、梓はすでにおおむねマフラーの形になった物を編み上げにかかり、楓は毛糸の切れ端であやとりの新技を考え、初音はみかんを剥いていた。
 しかし、もうまもなく、ここにもうひとり加わるのである。

「……耕一さんは、このこたつのどこに入ってもらいましょうか?」
 千鶴がそう切り出すと、三人は手を止めて、手元を見ていたうつむきのまま目線だけ向けて見返した。
「あたしの隣でいいよ」
「……私の横に」
「私の横にだったら入れるよ」
 同時に言ってしまってから、にらみ合って牽制しあう。
「そうですね……別にどこでもいいんですけど。やっぱり、公正な勝負で決めましょうか」
「腕相撲?」
「カルタ?」
「神経衰弱?」
 また同時に言ってしまってから、にらみ合って牽制しあう。
「いえ、種目は私が決めます……そうですね……」
 言って千鶴は少し考えると、部屋を立って出ていった。


 戻ってきた千鶴は、青い羽織を着ていた。そして、
♪ちゃっちゃちゃっ、ちゃらちゃっ、ちゃっちゃっ♪
 のテーマソング。
「さてみなさんお待ちかね、大喜利のコーナーです。司会はわたくし、柏木千鶴です。どうぞよろしく」
 どこからともなく沸く拍手。
「出演者はこの方々」
 と、梓の方にカメラが向く。いや、カメラはないが、何となく雰囲気が。
「ちょ、いきなりなんだよ……え」
 こたつの中の足をトントンと叩かれて手を入れてみると、一冊の本が手渡された。
 開いてみれば、台本である。
「えー、なに…………噂では、もうすぐ原哲夫センセイが『北斗の拳2』をお描きになるそうです。『痕』にも2が出て、もっとあたしの扱いが良くならないものでしょうか。柏木梓です……なんだこりゃ」
 梓が変な顔をしている間に、自己紹介は楓に続く。
「……『痕』は、エディフェルが次郎衛門と再会する物語として完結してるので、続編は要りません。『ToHeart』の続編なら、『既●街』を公認の続編にしちゃうという手はどうでしょうか。柏木楓です」
 こんなことをいつも通りの平然とした顔で言って拍手を受けて、初音に続く。
「ちゃっらーん! 米所、越後チャーザー村の新米、もうお召し上がりになりましたか? え? 食べたかも『しんまい』? 初音でーっす!」
 と、続編話の流れはぶっちぎって騒いで、自己紹介終わり。

「えーさて、今日の最初の問題。少し前に異物混入事件で世間が揺れました。あのときは学校給食に針などが混入してましたが、まず何に何が混入していたかを考えてください。そして私が『で、どんなだったの?』と聞き返しますから、何か気の利いた答えをしてください」
 と、千鶴がお題を発表すると同時に、すっ、と楓が手をあげた。
「はい、楓さん」

「……太宰治の『人間失格』に、梓姉さんが混入していました」
「へえ、どんなだった?」
「主人公をやっていました」
「誰がだっ!」
 梓の抗議に、わははは、と沸く観客。
「はっはっは、そうそう、そんな感じ。さて……じゃ、次の人」
「はい」
 今度は初音の手が上がる。
「はい初音さん」

「かくしておいた高級焼酎の中に、ゴキブリが混入していました」
「で、どんなだった?」
「精が付きそうでした」
 観客がどっと沸く。
「きったないねぇ! 山田君、初音さんの座布団一枚持って行きなさい!」
 するとふすまが開いて、いつもの真っ赤な装束で山田君があらわれた。そして初音の座布団を引っこ抜いて持っていく。
「そりゃゴキブリも生命力はあるけどねえ、マムシじゃないんだから。はい次」
「座布団無くてお尻が冷たいから、はい」
「お、じゃあもう一回初音さん」

「人類の中に、鬼の血を持つ一族が混入していました」
「へえ、どんなだったの?」
「輸血禁止の宗教が大流行になりました」
 また沸く観客。この客はとりあえず何でも笑う。
「あー、移されちゃたまんないもんね。まあいいでしょ、山田君、初音さんに一枚」
 山田君がやってきて、座布団を置いていく。

 そうやって当然のように推移していく大喜利に戸惑う梓。
 どうやらおもしろいことを言って座布団を10枚獲得すれば、終日こたつでぬくぬく耕一とべたべた権が与えられるらしい。しかし、慣れてないことをスムーズにできるわけもない。
 楓と初音は、まるで台本でもあるかのように……いや、台本があるんだった、と、さっき渡された台本を開いて、ネタを探す。

「おや、梓さん、今日は大人しいね」
 千鶴が梓を扇子で指しながら言った。
「え、そ、その……」
 楓と初音とカメラと、さらに観客の視線が集まっているのを感じて、梓はあわてて台本をめくってネタを探す。
「なんかないの?」
「あ、は、はい」
 何とか見つけだして、手をあげる。
「はい、梓さん」

「幼稚園に、初音が混入していました」
「へえ、どうなったの?」
「10年たった今になって気づきました」

 次の瞬間。

どごっ

 という感じで、激しく観客が大爆発した。いつものおざなりな笑いとはひと味もふた味も違う。
 千鶴、楓、初音も、こたつに突っ伏して涙を流して大爆笑。

「え、ちょっと、なんだよ、そこまで笑うようなネタか?」
 大体これは、「十年前はホントに幼稚園児だろ!」とツッコミが入って初めて成立するギャグじゃないか。
 そんな疑問を置いてきぼりに、まわりの人間は笑い転げてしまっている。ふすまの隙間に見える山田君まで。
「はっ……あ、あずさに……座布団10……枚……やんな、さい……」
「はいっ」
 なんとか言ってまた突っ伏した千鶴と、笑いすぎてよろめきながら大量の座布団を持ってくる山田君と黒子2名。
 そしてどかどかと積まれる十枚の座布団。
 そんなところに座るとこたつに足が入らないが、梓は釈然としないままにその高い座布団に座る。

 しばらくしてなんとか笑いが収まってきて。
「あ、ああ、梓さん、座布団10枚越えてるね?」
「そ、そりゃ千鶴姉が10枚出したんだろ。今11枚あるよ」
「よし、おめでとう!」
 と、突然パンパンとクラッカーが鳴り、テープと紙吹雪が飛ぶ。
 観客からも嵐のような拍手。

「え、ええと、よくわかんないけど、これであたしが勝ちだから、あたしの隣に耕一が座るんだよな?」
 と、梓が問いただすと、
「え?」
 と千鶴が不思議な顔をした。
「な、違うのか?」
「ええ。山田君、今週の座布団十枚の商品は?」
 それを受けて山田君。
「はい。今週は、冬の柏木家・台所の旅。副賞として、材料使い放題でおせち料理制作権です。ただし買い出しはご自分で」
「な、なんだよそれ、それは単なるいつもの労働……」
 そのとき、梓はふと気づいた。
 こたつに入る場所がないなら、無理して場所を詰める手もあるが、ひとりこたつから追い出して場所を空ける手もある。
 そして、その役回りをこの大喜利で……。
「じゃあ山田君、連れていってあげて」
「かしこまりました」
 するとふすまから殺到してきた黒子たちが、梓の両腕を取って、そのまま部屋の外へ引っ立てる。
「千鶴姉ーっ! 公正な勝負っててめぇ、あたしをハメたんじゃないかーっ!」
 そんな声を残して、梓は台所に拉致されていった。


「……大喜利の商品なんて、そういうものじゃないですか」
 ふっ、と笑って、楓が呟いた。
「さて、耕一さんの座る場所もできましたし……」
 千鶴が言いかけたとき、

ぴんぽーん

 チャイムが鳴った。
 梓が空けたスペースに入る人の到来だ。
「あ、私が出るね。はーい」
 初音が笑顔で玄関に走っていく。

 柏木家のこたつは、今日も暖かい。