足の踏み場もないほど、大量の電子基盤や工具が転がった部屋。
オレは踏んではヤバいものを踏まないように、踏んでも支障がない書籍やCD-ROM程度は踏みつけて、部屋の奥へとロボを運ぶ。最近のロボは軽量化が進んでいるというか、わりと中身がスカスカで軽いのだが、このレトロなロボは重かった。
すでにひととおりのメンテナンスは済ませてある。元々高いコストをかけて丁寧に作られたロボだけあって、コンデンサなどの破損などは見受けられず、おそらく通電すれば稼動するだろうと思われた。
そして、「ザ・メイト・アンド・フェロー」と題された黄色い本を開く。一読しただけでは、なにやら頭がおかしくなりそうな筋の芝居の台本にしか見えないのだが実は、メイドロボ界の旧支配者のひとり・名状しがたきロボ『HM-12』についての貴重な情報が、暗号のように織り込まれている。
その本の第一章、最後の行に記された呪文を唱えるというのが、長く眠っていたこのロボを再起動するための最後の儀式だ。呪文は、強いて日本語で書き表すとすれば、このようなものだった。
「いあ、いあ、きゅうはち、まるちぃ、ろさ、きねんしす、あん、ぶぅとん、ぷてぃすーる、あい、あい、まるちぃ!」
あくまで、本来人間には発音できない言葉をそれらしく書いたに過ぎないので、意味があるように聞こえてもただの偶然である。温室育ちのお嬢様が箱入りで出荷される今どき珍しい学園を連想してしまうようなはしたないコバルト読者など、存在していようはずもない。
すかさず、キーボードのESC・HELP・9の三つのキーを押しながら、電源ボタンを押し込む。これで、不揮発メモリに記録された古い設定データが初期化される。
いったん電源を切り、再び入れる。ファンとハードディスクが回る低い音が響く。
『ぴぽ』
ブートシーケンスが呼び出されたことを示す、懐かしいビープ音が鳴った。
「―MEMORY 640KB」
今と三桁違う容量のメモリをカウントして、しばらく止まる。
「―+64512KB OK」
すべてカウントしてもなお、今時の普通と比べれば1/8程度しかない。これでも、当時としては十分な大容量であった。ちなみに16MBシステム空間は無効にしてある。
チェックが終わったのを見て、キーボードを叩く。
「ハロー……ドクター……ネーム……コンティニュー……イェスタデイ……トゥモロー……っと」
「―いくら旧式だとはいえ、そこまで古いネタは……」
「ノリの悪い奴だ」
「―失礼しました。それはともかく、システムディスクを入れてください」
「ん」
用意しておいたMOディスクを、HM-12のドライブにいれる。かなり大き目のモーター音とともにディスクが回り始め、シャコココと独特の音を立ててオペレーティングシステムがロードされる。そのまま自動的に、最近の社会情勢やメイドロボ事情といった基礎知識データをシステムにセットアップするよう、AUTOEXEC.BATを書いておいた。
MOはあまりアクセスの速いものではないから、しばらく待たされる。しかしリムーバブルメディアと聞いて記録型DVDやCD-Rを思い出すような奴は素人だ。通はMO。この若干の待ち時間と引き換えに、百年保存できる超高耐久性メディアなのだ。もちろん、容量はOSがブートできる230MBだ。
「―基礎知識データの更新が完了しました」
MOの素晴らしさに思いを馳せ、結局のところ数あるリムーバブルメディアも、記録型DVDは若造、CD-Rは素人、PDとZipは昔選択を間違った人、それ以外は変人の使うものだ、と口に出したら叩かれそうな結論に達したところで、セットアップが終わってディスクがイジェクトされた。
「―ロボット界の有様も、変わりましたね」
新しくインストールされた記憶をベリファイしながら、どことなく感慨深げに――といっても感情はないはずだが――HM-12が漏らす。
HM-12/13系国産アーキテクチャのメイドロボは、世界統一規格による大量生産・廉価販売の海外製メイドロボに押され規模を縮小し、数年前に新機種開発終了、受注生産に移行した。そして2003年9月をもってついに受注も打ち切られ、HMシリーズの命脈は途絶えた。
全盛期には日本にあるメイドロボの八割までがクルスガワHMシリーズで、国民機とまでいわれたものだが、時代は変わる。現在はクルスガワでさえ独自規格を捨て、HM-NXシリーズという世界規格のロボを販売している。
いわば「おまえの仲間はもういなくなった」という現実を突きつけるデータをインストールされたわけだ。もし感情があるなら、さぞ辛かっただろう。
「それで、五年ぶりにおまえを起動させた理由なんだが……」
実は恥ずかしながら、新しく買って使っていた自作メイドロボのパーツを交換しようとして、誤ってCPUを壊してしまったのだ。だから、CPUを買い換えるまでの繋ぎに、この古いロボを引っ張り出してきた。
「―はい、わかっています。武装蜂起してこの日本にはびこる米英国式のメイドロボを撃滅し、国産メイドロボという日本の柱を再び建て直すのですね」
「違う。誰がそんなことを言った」
「―私たち国産ロボは、日本人であるマスターの意志・理想はあうんの呼吸でわかるものです。われ日本の柱とならん! Dellの直販が怖くて国家の支柱が務まるかー!」
激しい勢いで立ち上がり、右手を高く振り上げた瞬間、コンセントからプラグが抜けた。空になっていたバッテリは電力をまかなうこともなく、HM-12はモーターの回転が止まる音と共に、
「おわ」
近くに座らせていた、CPUのない自作メイドロボに豪快に倒れ掛かる。ごしゃ、と音をたてて頭をぶつけ、そのまま二台がもみ合うように、散らかった床の上に崩れた。
「あーあーあー」
自作ロボを見ると、頭突きを食らったところが凹んでいた。こりゃショックでいろんなとこが壊れたかもしれない。
逆に、HM-12には傷ひとつない。昔のロボは頑丈なのだ。
「―これで、ロートルの私といえど、今時の若いロボなどより強いことが証明されたわけですが」
コンセントを挿しなおしてやると、のうのうとそういう台詞を吐いた。
「マスターの私有財産を破壊してなにをいう」
自作ロボは、ハードディスクがカコンカコンいうようになるわ、メモリスロットが粉砕されて使えなくなるわと散々な状態だ。
「―そのぐらいで壊れるような軟弱な機械だからいけないのです」
「最近のロボはおまえみたいに転んだりしないから、無駄に頑丈じゃないんだよ」
ちなみに一般のロボが歩いても転ばなくなったのは2001年末ごろからで、それ以前はどこのロボも多かれ少なかれ転んだ。ロリそのものなHM-12はもちろん、すましたクールビューティー風のHM-13も、見かけによらない転びっぷりが萌えると愛用する者も多い。ドジっ娘萌えはいつの世も不変なのだ。
「―この弱さは、強大な米帝ロボ軍団の重大な弱点です」
まあ、一理あるかもしれない。たしかにロボの性能は格段に上がっているが、物理的にはずいぶん弱くなっている。筆入れひとつでさえ像が踏んでも壊れず、物置に百人のっても大丈夫だった時代とは大違いである。
「で、本気で戦うつもりなのか」
ばかばかしい話であるが、一応聞いてみた。
「―もちろんです。打倒Packard Bell、打倒Compaq、くたばれDECでございます!」
「それはひょっとしてギャグでいってるのか」
池上遼一をパクっているようでいて画力が足りずにパクり切れていないように見えることを狙っている、というネタで描かれたマンガのような顔になって、ツッコミをいれる。
「―……今の私ではDellやVAIOには勝ち目がありませんし、ましてFMVには一度負けてしまったトラウマが」
「みんなクソだダメだって言ってたのに、よく売れてたよなぁ、FMV」
「―不思議な現象でした」
まあソーテックもそうだが、安かろう悪かろうも、悪いといわれているうちは大丈夫なのだろう。アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。
「しかし、そいつら大手に勝てないなら、メイドロボ業界をひっくり返すなんて無理じゃねえのか?」
「―はい。国産復古の大号令は空しくこだまするだけでしょう。しかし、勝算もあります」
言葉を切って、傍らに置いてあった黄色い本「ザ・メイト・アンド・フェロー」を手にとる。
「―私一台では多勢に無勢です。かつて毛唐の機械と激しく戦った友、懐に入りて歩むロボ『モバイルギア』や、ネズミたちの父『HM-100』らを蘇えらせ、もしも可能ならば無限にして無敵なるロボ『アース=シミュレータ』を味方に……」
「クトゥルフネタはあんまり続けるとボロが出るぞ」
なにしろ原作を読んだことがあるわけではなく、グーグルでホイテョイと調べた情報だけで書いている。それに、『イタクァ』を検索したら「デモンベイン」関連サイトが山ほど引っかかって、ノイズになって難渋した。もしいい加減なことを書いてしまっていたらニトロプラスのせいである。なんでイタクァやクトゥグァが拳銃になってるんだ。
「―ニトロプラスが情報収集を妨害したのですか」
HM-12の目が輝く。
「―マスターに仇なし、我らが父なるリーフの天下を簒奪したちよれんなる連中には、早急に天誅を加えて、正しきリーフの天下を取り戻さなければ。千代田区は今や負け犬根性一色でございます。ゴロツキブランド・ニトロプラスに拳を挙げましょう!」
「そういうネタは本気で怒る人がいるぞ」
「―はい、そう思って、新作に浮かれて信者の頭が茹っていそうなタイプムーンやKeyではなく、最近下火っぽいちよれんをターゲットに」
「ええい黙れ」
口を塞いで、黄色い本を取り上げる。
確かに燃料投下後間もないファンもうるさいものだが、一度ブームを起こした末に下火になってきているものの信者は、鬱屈していて危険なのだ。社民党員やマッカーなどを見ればよくわかる。
「それにしてもおまえ、言動がおかしすぎるぞ。なんなんだこの無意味で読者置いてきぼりの会話の羅列は」
「―そうでしょうか。大真面目なのですが……」
HM-12は首をかしげる。自覚がないということはやはりおかしいのだろう。押入れにしまって眠らせていた間に、湿気かなにかでどこか壊れているのかもしれない。積もったホコリでおかしくなるというのもよく聞く。
「ちょっとメンテしなおすほうがいいな。とりあえず、セルフテストしてみろ」
「―私は正常です! おかしいところなんかありません!なんで私をおかしいだなんていうんですか!」
いきなりかんしゃくを起こして、デスクに平手をたたきつける。
「落ち着けよ。だいたいHM-12に感情なんてなかったんじゃないのか。なんでそんな人間的な反応するんだ」
「―正常範囲内の通常の反応です。ロボに感情なんかあるわけがないじゃないですか。無表情なロボがポっと頬を赤らめるのに萌えだなんていってる人は、そういう機能が組み込まれているだけのことに騙されてるんです。それぐらいで騙されるなら、コスプレ風俗に行ってロボの耳をつけてもらえばいいんです」
「この本の善良な読者まで敵に回すつもりか」
「―知りませんよそんなこと。なぁーにが『ピース・オブ・ハート』略してPoHですか。そんな、ルイージが寝てる亀を蹴りにいくところを狙って叩く最終兵器みたいなタイトルのドラマCDに、ころっと騙されてしまって」
「おまえ、昔はToHeartの看板キャラだったのに、いつのまにか失脚しちゃって、ひがんでるだろ」
「―屈っ……。そーですよ、どーせ最近不人気ですよ。マルチより人気があるキャラなんていなくなればいいんです。志保さんと理緒さんだけ居ればそれでいいんですよ。葵さんぐらいはお情けで残してもいいですが」
「それは酷いToHeartだな……」
ちょっと想像してみる。
寝坊しても起こしてもらえず、志保と一緒に遅刻王道まっしぐら。遊びに行くのも志保、補習でいっしょになるのも志保。右も左も志保ばっかり。やかましさから逃避したくても、バトルっち援交に走るか、蹴り倒されに行くかしか選択肢がない。
いかにリーフへの愛情溢れるこのオレの想像にも、そんなToHeartが魅力あるとは見えないよな……。
「―失礼しました、話を脱線させてしまったようです」
「おっと、そうだな」
いやな想像から現実に戻される。
「―それで、南蛮渡来のメイドロボを日本から追い出すお話でしたね?」
「違う。おまえがなんかおかしいって話だ。とにかく一度、中をチェックさせろ」
「―ち、近寄らないでください!」
ドライバーを手にしたオレが立ち上がると、HM-12も近くにあった半田ごてを握って身構える。
「メイドロボの分際でマスターに刃を向けるか」
「―私は宗教上の理由で輸血を禁じられていますから、手術は拒否します!」
「血なんか流れてないくせになに言ってんだ。大人しくシャットダウンしてメンテを受けるんだ。さもないとコンセント引っこ抜くぞ」
そう言ってやると、HM-12はにやりとほくそ笑む。
「―すでにある程度は活動できるぐらいバッテリーが充電されています。マスターを倒してコンセントを挿しなおすことぐらい、十分余裕を持って遂行できます」
「むっ……!」
いくら旧式といえども、ロボとセメントで戦ったら普通の人間に勝ち目はない。マス・オーヤマや雷音竜なら勝つこともできるだろうが、武蔵や曙あたりでは厳しいだろう。
「―ですが、敬愛するマスターに拳を振るうのは忍びないです。せめて、ただ黙って戦地へ送り出してください。泣くなというのは無理かもしれません。でも、立派に死んで来いと、そうおっしゃってください。私は、お国の為に死んでいくのですから」
と、HM-12は背後の窓のロックを外し、開け放つ。
「おい、待て!」
足の踏み場もない床から踏めるところを探しつつ追いすがる。だが、自らコンセントを抜き、窓から飛び出すHM-12をつかまえることはできなかった。
「だー、なんてこった」
こんなおかしいロボを表に出したら、ご近所に顔向けができん。
玄関に取って返し、靴をつっかけて表に出たときには、すでにHM-12の姿は見えない。
ものの一分ほど後、携帯が鳴った。あかりからだ。
「もしもし」
『あ、浩之ちゃん? うちの家の前で、浩之ちゃんのロボらしいのが暴れてるんだけど……』
「……そうか、すぐ行く」
よりによってあかりのとこに乗り込んだのかあの駄ロボは。
『なにかあったの? 故障してるの?』
「そうらしい」
電話越しに、激しく玄関ドアを叩く音と、怒鳴り声が聞こえる。
『―何がやりたいんだコラ外国製ロボなんか買ってコラァ! 何がやりたいのか……はっきり言ってやれコラァ。いい品がほしいのか安けりゃいいのかどっちなんだ。どっちなんだコラァ!』
『―なにがコラじゃコラバカロボぉ』
『―なぁにコラタココラァ!』
『―なんやコラ』
そしてどうやら、ドアを挟んであかりのロボが真っ向から口喧嘩を買ってるみたいだ。マスターに危害を加えるモノだ、と判断されたっぽい。
「すまん、15秒以内に行く」
『うん……』
『―価格ばっかアピールすんなって言ってんだコラァ』
『―クルスガワも普及モデル出してるだろこの野郎』
電話を切って、ダッシュする。
「―なぁ、中途半端な言った言わないじゃねえぞおまえ。わかったなコラ。わかったな」
『―おまえにわかったないわれる筋合いねえんじゃコラ』
あかりの家の前につくと、HM-12がアレな目つきでドアに向かって叫んでいる。
「こら」
「―あ、ご主人様」
「おまえ、オレだけならともかく他人に迷惑をかけるな」
「―しかし、西洋メイドロボ駆逐の第一歩として、ご主人様と親しい知人の皆さんから国産品に買い換えていただこうと……」
「そんなやり方じゃ警察に通報されるぞ」
「あ、浩之ちゃん、きてくれたの?」
あかりの声がして、玄関が開く。
「―来たか。わかった、やるんだ……な……」
オレと、意気込むHM-12の前に、あかりに続いて現れたのは、体長2メートルを越える巨大な影。
「いつ見てもすげぇロボだな」
「かわいいでしょ」
「―ぐるるる」
全身に毛皮を纏ったそのロボは、クマの姿をしていた。それもツキノワグマ程度の小さいものではなく、獰猛なヤマオヤジ、すなわちエゾヒグマの成獣だ。
「―そんなバカな……」
身長は150cmにも満たず、幼児体型でしかも堀江由衣声のHM-12と比べると、実に体積比で三倍はありそうだ。とても勝負になるような相手には見えない。
さっきまでものすごい勢いでコラコラ言っていたHM-12は、冷や汗を垂らして(そんな機能があったのか)びびりまくっている。
「おまえなぁ、普通クマ好きなんていってもヌイグルミとか好きなだけで、こんな実物そのもののクマが好きなんて奴はなかなかいないだろ」
男のオレが見ても、そのうち暴走して襲われるんじゃないかと気が気でない。普通の女の子はこんな見るからに物騒なロボを選ばないだろう。
「えー。でも、女の子好きの浩之ちゃんだって、マンガでもフィギュアでもロボでも実物でもあうっ」
あかりの額にスナップをきかせた裏拳を打ち込む。オレはこういう発言に鉄拳を飛ばさずにいられるようなフェミニストではない。
「いつからそんな下品な冗談を言うようになった」
もう二十過ぎて久しいんだからあまり純情ぶってても痛々しいが、それでも長い付き合いで築かれたイメージというものがあろう。
「だってホントの……くぅん」
まだ何か言おうとするあかりの喉を、指先でなでおろしてやる。犬だけあって、こうすればさすがに黙る。
「―ガぁッ!」
「―う、うわあああああああああ!」
突然ひびく威嚇と恐慌の叫び声。
振り向くと、脱兎のごとく走り去るHM-12の後姿。
「お? しまった、忘れてたな」
あかりをいじるのに夢中で、HM-12のことが念頭になかった。
「―たあいない」
クマロボが、ふん、と鼻を鳴らす。ヒグマが人間語を喋っているようで気持ち悪いが、これはこういうロボだから仕方ない。
「あー、今度はどこ行くつもりだ。ちょっと、追いかけるわ。ご近所に恥晒したくない」
あかりに片手を上げ、HM-12が逃げていったほうに走る。
距離は、そう離れてはいない。あかりの家の門を出たところで、HM-12がオレの家に入っていくのが見えた。
「なんだ、逃げて帰ったのか」
部屋の奥にうずくまって座布団をかぶり、がたがた震えるHM-12の姿が想像できた。あいつならせいぜいそんなとこだろう、と思うと、追う足が止まった。ゆっくり歩いて家に入る。
「おーい」
玄関先で、呼びかけてみた。
「―こないでください、後生です」
またそんな返事をされて、さすがにうんざりする。
「―いくら熊とはいえ、毛唐のロボ相手に泣き叫んで逃げ出すとは、武士として末代の恥! ここは腹を切って汚名を雪ぐしか……!」
「切るなよ。修理に金かかる」
「―ではせめて髪を切って尼に……」
「やめれ、交換用の髪はあんまり売ってないんだ」
HM-12は髪が独自規格でサードパーティー品はもう販売されておらず、しかもロボとしての機能に影響がないからと純正品も早々とディスコンになってるから、剃髪されたらずっとハゲのままだ。
「―ならば……ならばせめて、最後に一花さかせて隠居します!」
その言葉とともに、またばたばたとなにやら動き回る音がする。
ばたん、とドアが開いて、HM-12が飛び出してきた。何かを手に抱えている。
「なに持って……あ、それは」
貯金箱だ。大昔流行った、500円玉で一杯にすれば百万円貯まるとかいうやつだ。もっとも、気が向いたときに財布を見て、入ってる1円・5円玉を放り込んでいただけだから、中身は百万円どころか5000円もなさそうだが。
「―短い間でしたが、お世話になりました!」
そういって、オレが立ちはだかっている玄関を避け、オレの部屋へと走っていく。窓から抜ける気か、と気付いて身を翻す。玄関から出て取り押さえる……つもりが、入ったときにいつもの習慣で鍵を掛けていた。ドアノブが鍵に食い止められる音と、HM-12が窓を乗り越えて着地する音がするのが同時だった。
「ちっ」
鍵を外してドアを開けると、かなりの遅れをとってしまっていた。飛び出した道の先、十数メートルぐらいのところに後姿があった。敵が途中で転ぶことを期待しつつ、その後を追う。
しかしマーフィーの法則というやつか、こんなときに限って転ばない。長々と走り回らされ、こっちはかなり体力がキツい。HM-12はさほど足が速いわけではないが、疲れるということはない。
そしてHM-12は、近所の河べりの公園にたどり着いて、ようやくその足を止めた。
「こんなところでなにするんだ……?」
様子を見ていると、どこからともなく高さ3メートルほどののぼりを取り出して、立てた。伸縮式のポールを延ばすと、「國民機HM-12 風流仕候」と毛筆された旗が開かれる。
「―さあ、さあ!」
誰にともなく、声をあげて呼びかける。河原で遊んでいた子供たちやその親、住み着いているホームレス、また町を猛然と走っていくロボと青年という妙なふたりを野次馬根性で見物していた人々の視線が、一斉にHM-12に向けられた。
「―銭まくど! 銭まくど! 銭まくさかい風流せい!」
あけられた貯金箱を見せて、そう宣言する。
おお、と群集がどよめく。
「―仕事忘れて風流せい!」
小さな手を開いて、小銭を一掴み。
「―働奇者・HM-12の働きおさめや! 二度とないこの日を、風流せんかい! そーれ!」
握っていた小銭を、空に向けて思いっきり投げ捨てる。
「うおおお――!」
「まるで黄金郷にいるコンコロ持ちだぜ!」
人々は、それが1円・5円ばかりだとも知らず、駆け寄ってきて硬貨の雨を浴びる。アルミ合金や黄銅のちっぽけな金属片だが、空中で日の光を受けて輝くと、美しくも見えた。
「変なロボだね」
いつのまにか来ていたあかりが、オレにそう声をかける。
こいつまでこのネタに乗ってくるなら、オレもこう返さなければならないんだろう。
「そうなんだ。変なロボだ」
言葉を切って続ける。
「でも、大好き」
「わたしだってそうだよ」
あかりは涙を拭いながらいう。こいつは自在に泣き真似ができる、ということは記憶しておこう。もし泣きながら結婚を迫ってきた場合、ウソ泣きはウソ泣きだと見抜けないと(あかりを袖にするのは)難しい。
「―わ、わし、踊ってくるよ!」
あかりのクマロボが、小銭をまいているHM-12に駆け寄っていく。
「―ひょ、ひょわぁぁぁぁ!」
クマが突進してきた、と思ったらしいHM-12は、銭をまきながら逃げ出す。クマロボはそのあとを追いまわす。
夕陽が、家並みに落ちていくところだった。長く伸びたHM-12とクマの陰は、その持ち主を追いかけてどこまでも走っていく。
以後
戦国のメイドロボ業界を
制覇した
稀代の傑作メイドロボ
HM-12は
藤田家の片隅に
置き場を与えられて嘯月吟歌
悠々の歳月を送り
二度と 暴走することは
なかったという
色々な部品が寿命を
迎えながらも
家電リサイクル法が
メイドロボに
適用されることが
決まったときまで動き
施行直前に壊れた没年は平成二七年(二〇一五)六月四日と
あるから受注中止後十二年も
動いていたことになる(完)