Remember, Dannoura War

♪――

「…………。」
 "Sound of Destiny"のイントロが流れる中、緒方英二はじっと一点を見つめていた。
 何かを考えるような表情で、瞬きも忘れたように。
 プロデューサーという仕事柄、スタジオで自らのプロデュースするタレントをそんな表情で見据えていることはよくあるが……。
「♪愛っという兄さんどこ見てるのよっ!」
「おわっ!」
ごぅんごぅんごぅんごぅんごぅん………………
 ステージからマイクが飛んできて英二の頭に当たった音が、設計段階から計算されて作られたホールの音響をフルに生かして響き渡る。世界広しといえども、日本を代表する音楽プロデューサーの頭を叩いた音を響かせたステージはなかなかないだろう。
「どこの世界に本番前日のリハーサルをよそ見しながら聞いてるプロデューサーがいるのよ!」
 イントロからずっと完全に真横を向いていたんだから、理奈の怒りが歌い出しから2文節で爆発したのも然るべし。
「い、いやごめんごめん理奈ちゃん。ちょっとインスピレーションが来て……」
「そのインスピレーションが、私と由綺のリハーサルより大事だって言うの?」
「しかしこれは時間を選んで浮かべられるものじゃなくってだな……」
 マイクを拾って理奈の元に持ってきた冬弥が、剣幕におびえるようにそっとマイクを差し出す。
「あ、ありがと。で、あなたにとってはインスピレーションが大事なのかも知れないけど、あなた以外、私にも由綺にもスタッフのみんなにとってもリハーサルが大事なことぐらいわからないわけじゃないでしょう?」
 気の強い女性が正論をまくしたてる時の剣幕は恐ろしいもので。
「あー……うん、さてみんな、そろそろ休憩入れるわ。俺も一服するから」
 逃げた。
「まだ30秒しか働いてないでしょうっ!」
 再び理奈はマイクを振りかぶったが、すでにチェアーには英二の姿はない。
「さ、休憩ってことで、弥生さんちょっと付き合ってよ」
 英二はすでに先ほど見つめていた相手、篠塚弥生を捕まえていた。
「……私も休憩にはあまりに早すぎると思いますが」
「いやいや。人間休憩は取って取りすぎることはないよ。さあさあ」
 英二は弥生の左腕を取って引っ張る。
 弥生は引かれて一瞬バランスを崩したがそれでも表情は変えず、すぐ体勢を立て直して引っ張られるまま歩いていく。
 そのふたりを、誤射を恐れてマイクを投げ損ねた理奈が歯噛みして見送っていた。

 ホール外の廊下。
「で、弥生さん。インスピレーションってのが弥生さんに関するものでさ」
「わざわざ由綺さんのリハーサルを中座させるほどに重要なものでしょうか?」
 例によって冷たく突き放す。
「いやぁ、まあね。ちょっと『イヤー』って言ってみてくれる?」
 しかし柳に風とマイペースな英二。
「イヤー、ですか?」
「うん」
「イヤー」
「ふんふん……じゃ今度は『コノウラミハラサデオクベキカ』って」
「この恨み、晴らさでおくべきか」
「あーいやいやそうじゃなくて、もっと一字一字に区切って、その一字ごとに恨みをこめるみたいに……」
「ですからそれがそんなに重要なことなのですか?」
 少し眉をひそめた程度で、やはりほとんど変わらない表情のまま、字にすれば痺れを切らしたようなセリフを平坦に言う弥生。
「うーん、でもこの疑問が解消しないと俺、由綺ちゃんのリハーサルも上の空になっちゃいそうだからさ。頼むから付き合ってよ」
「……でしたら仕方ありませんね」
 弱みを突いて黙らせた形になったのは本心か計略か。
「コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ……いかがですか?」
「んー……。やっぱり感情のない声だね。まあ演出によっては、それで逆に恨めしさを引き出せるかもしれないが……」
「私は芸能人ではありませんから、演技指導いただいても仕方ありませんわ」
「まあそうだけどね。じゃ、あとひとつ、ちょっと右手貸してくれる?」
「はい」
 英二は差し出された右手を取り、
「で、腕をこうぐる〜っと……」
 そのまま背後に回って、手首を返さずに腕を持ち上げていく。
 が、肩の関節の構造上そんな変な動きはできず、水平より少し低い位置で上がらなくなる。
「やっぱ1周回るわけはないか」
「緒方さん、痛いのですが」
「あ、ごめんごめん」
「それで、これにはどういう意味が?」
「ほら、必殺・旋風剣はできないかな、って」
 手を離した英二がそんなことを言う。
「……」
「知り合いの映画監督が『源平討魔伝』を映画にしようなんて言い出してさ。いやあ、懐かしいよね源平」
「……そうですね」
 この世代には通用するらしい。
「でも、景清をやれるような役者ってのが見つからないらしいんだよね。それで俺もぜひ完成させてほしいから、ずっと役者探してたんだけど……」
「それで私に白羽の矢を立てた、と?」
「そう。その能面かぶったような無表情、性別超えての適役だと思うよ、俺は」
「そういうことですか。まあうすうす感づいていましたが」

 その瞬間、丸めた週刊誌が上段から鋭く英二の顔面に叩き込まれた。
「つまらないことを考えていないで、お仕事に集中なさってください。」
 叩き込んだ弥生は、その横をすり抜けて歩いていく。
「これで勝ったと思うなよぉぉぉ」
「思いません」
 崩れ落ちる英二にピシャリと止めを刺して、弥生はホールに戻っていった。



 その頃。
「ねえセリオ……」
「−綾香様、何か御用ですか?」










「−必殺・旋風剣、イヤー」
 ぶんぶんぶんぶん。
「うわっ、やめ、やめてっ、気持ち悪いっ!」
「−そうでしょうか」