「よう」 商店街にあゆがいたので声をかける。 「食い逃げしてるか?」 「してないもんっ」 「いかんな、あゆの重要なオプションなのに……」 「食い逃げしたことなんてないもん。何度もいっているようにお金を忘れただけだよ」 「俺も何度もいってるけど、お金忘れたからといって品物を持って逃げるのは食い逃げだ」 「うぐぅ、意地悪」 「お前もタイヤキ屋のおっさんに意地悪してるようなもんだぞ。一生懸命作ってるのに」 「だから謝って、最近はちゃんと買ってるよ。ボク、お得意様なんだから」 「へえ、で、今日もこれから買いに行くってわけか」 見たところ、それらしいものを持っていないので祐一はてっきりそう思った。 「今日はお金を持ってないんだよ」 「忘れてきたか、よし、こんな時こそ食い逃げだ」 「駄目だよ、おじさんにもうしないって約束したんだから」 首を横に振る。どうやら本当にもうしないつもりらしい。 「ちっ、丸くなったな、あゆ」 「ボク、約束したことは守るんだよ」 「まあ、な」 「それに、タイヤキなら今朝食べたし」 「なんだ。また朝っぱらから買い食いしてたのか」 「うん、それでお金無くなっちゃったんだ」 「よし、それじゃたまにはタイヤキ以外のもんでも食うか」 「祐一くん、奢ってくれるの?」 「一緒に食い逃げしようぜ」 「駄目だよっ!」 「冗談だよ、奢ってやるよ」 祐一が笑いながらいうと、 「わーい」 あゆが手袋に包まれた両手を合わせて喜んだ。 「それじゃ、丁度そこに牛丼屋があるからそこにしようか」 「うん、ボクはそれでいいよ、ねえ、卵つけてもいいの?」 「ああ、もちろん」 「ふぅ」 「祐一くん、御馳走さまでした」 「うむ」 「げぷ」 呑気にげっぷなどしているあゆを横目に見ながら祐一はちょいちょい、と手招きした。 「ん? どうしたの?」 それを、ちょっと顔を寄せろ、という意味に取ったあゆが祐一の方に顔を傾けてくる。 「実はな……あゆ」 「うん」 「……金を持ってない」 「……」 「逃げるぞ」 「うぐぅ」 泣きそうな顔になっていた。 「奢ってくれるっていったのに」 「あゆと一緒に食い逃げがしたかったんだ。あんまりオドオドするな、怪しまれる」 「うぐぅ」 「それじゃ、おれがこの茶を飲み干して湯飲みを置くのが合図だ。そうしたら立ち上がっ て、さりげなくドアのセンサーの下に行ってドアを開ける。完全に開いたらダッシュだ」 「うぐぅ、それでドアから一番近い席に座ったんだね」 「よし、それじゃ行くぞ」 ごくり、と飲み干し。 置いた。 二人揃って立ち上がり、祐一がさりげない動きで自動ドアの前に行く。 ドアが開き――。 あゆは走った。 食い逃げ。 そう、それは間違いなく食い逃げ。 並盛に卵と味噌汁とお新香をつけて喰らい、その金を払わずに全力疾走。 食い逃げである。 食べる前に食券などを買うことによる料金前払いの店も増えてきている。 しかし、その店では料金後払い制を採っていた。 客を信頼しているのだ。 その信頼を裏切り、踏みにじり、嘲笑う。 それが、食い逃げであった。 「うぐぅ、ボクのせいじゃないもんっ!」 言い訳をしながら走る。 走って走って、人にぶつかる。 当然である。 元々、この月宮あゆという生物は物を避けながら走るような機能を備えていない。 「うぐぅぅぅぅ!」 盛大にすっ転んだあゆの目の前に手が差し出される。 「大丈夫ですかー」 「うぐぅ、ごめんなさい」 いいつつその手を取って引き上げられると、 「あっ」 知った顔だった。話したことはないのだが、祐一と一緒にいたのを見たことがある。後 で聞いたところ、学校の上級生だという。 「あなた、あゆちゃんじゃないですか。祐一さんの友達の」 「倉田さんと……川澄さん」 「あははー、佐祐理と舞でいいですよ。ね」 「……それでかまわない」 「ところで、そんなに急いでどうしたんですか?」 「ちっ、違うよ! 食い逃げなんかしてないよ!」 「はぇ?」 「違うよっ! 違うよっ! 並盛に卵とお味噌汁とお新香つけて食い逃げなんかしてない よっ!」 「……牛丼を食い逃げ」 「はぇ〜っ、祐一さんのいっていたことは本当だったんですか。冗談だと思ってたのに」 「……私もそう思ってた」 「あゆちゃんは食い逃げの常習犯だったんですねー、なんでも三食全てを食い逃げで賄っ ているとか」 「ゆ、祐一くん、ボクをなんだと思ってるんだよ〜」 「……食い逃げはいけないと思う」 「う、うぐぅ、それはボクもそう思うけど」 「……成敗」 「え?」 月宮あゆの目に見えたのは微かな光であり、耳に聞こえたのは微かな風を切るような音 だけだった。 「ふぇーっ、舞、ちょっとそれはやりすぎじゃ……」 「……牛丼を食い逃げ……よくない」 「そうだけど」 佐祐理が困った顔をしたところへ、祐一がゆっくりと歩いてやってきた。 「あゆ、悪ぃ悪ぃ、冗談だよ」 と、いったところで二人に気付く。 「あれ、舞と佐祐理さん」 「祐一さん……冗談というのはどういうことですか?」 いつになく真剣な顔の佐祐理に気おされつつも祐一はいった。 「ちょっとあゆをからかってたんだよ。牛丼屋に入って金無いから逃げるぞ、っていって、 ああ、金はちゃんと払って来たよ」 「はぇー、そういうわけだったんですかぁ……」 なんだかガックリと落ち込んでいる。 「……無実の人を斬ってしまった……」 「ど、どうしたんだよ、二人とも」 「実は……この子が牛丼屋で食い逃げなんかしてないよ、と別に何もいっていないのにい い出して……」 「なんだそりゃ、あゆらしいな」 「それで、舞がいつになく怒ってしまって……」 「……」 「成敗してしまったんです」 「……今宵の虎徹はよく斬れる」 「成敗?」 首を傾げつつ、気付いた。 さっきからあゆが突っ立ったまま、一言も声を出さないのだ。本来なら今ごろ、祐一の ことをなじってタイヤキを奢る約束を取り付けているはずなのだが。 「えーっと、そのー」 「……唐竹割り」 いいつつ、舞が剣を持っている。 「まさか!」 祐一がいった時には、あゆの身体が左右に別れて倒れていた。 「だああああああっ! あゆ! あゆっ!」 「すいません、止める間も無く……真っ二つですねぇ」 「……割腹して詫びる」 舞がその場に座り込み剣を自分の腹に向ける。 「……腹を切ったらすぐに剣を渡すから介錯を」 「はぇーっ……わ、わかった。やってみる」 「……三文字に切るから」 「ちょ、ちょっと待て!」 「……腹切って詫びるしか思いつかない」 「いや、しかしだな、そんなおれのせいで」 「あははー、佐祐理、いいこと考えましたー」 「おお、それは?」 「とりあえず一番責任が重い祐一さんが腹を召してはいかがでしょう?」 「……その処置、悪くない」 舞が、ずいっ、と剣を祐一に突き出す。 「いや、それはさらにちょっと待て!」 「でもー、祐一さんの悪戯がこのような結果を生んでしまったわけですし」 「う、そ、そうだよな……」 「……祐一、ひどい」 牛丼食い逃げと聞いていきなり斬り捨てるお前にゃ負けるわ、とは思ったがもちろん口 に出していえるものではない。 「あゆちゃん、何も悪くないのに……」 「確かに、あゆのこと考えたら、死んで詫びるぐらいしかできないよな……」 「……それしかないと思う」 「ごめんな、あゆ」 「うぐぅ、謝るぐらいなら最初からしなければいいんだよ」 「ああ、でも、まさかこんなことになるとは……」 「でも、ボクは優しいからタイヤキ十個で許してあげてもいいよ」 「そ、それっぽっちのことでいいのか! なんて優しいんだ、あゆ! ……って、生きと んのか、貴様ぁ!」 「うぐぅ」 あゆ(右)が片手片足で苦労しながら見を起こし、電信柱に寄りかかって立っていた。 「全く、悪戯にも限度があるよ」 「待てコラ、おい!」 「はぇーっ、なんだぁ、生きてたんですね」 「……よかった」 「本当、よかったね、舞」 「あんたらも待て! いいのか、それでいいのか」 「祐一くん、左の方も起こして上げてよ」 「左って……」 祐一が視線を下に転じると、まだ倒れたままのあゆ(左)が「うぐぅ、起こしてー」と いいながら手を振っていた。 祐一がそれを立たせる。 「……おい」 「どうしたの?」 「血が全然出ないからおかしいと思ってたんだが、お前の中身は餡子だったのか」 「うぐぅ、バレた」 「待て、おれははっきりと覚えてるぞ、お前が赤い血を流していたのを」 「はぇーっ、舞、本当に餡子だー、なんか可愛いねー」 「……餡あゆ……」 「いや、だからあんたらな」 「祐一くん、くっつけてよ」 祐一はいわれるままに右と左の断面と断面を合わせる。 「よーし、復活だよ」 「……」 「全く、今日は冷や冷やしたよ、祐一くん、こんな悪戯はもう止めてね」 「……もう二度としねえ」 「あ、ところで、ボクの中身のことは黙っておいて欲しいんだよ」 「……いや、いったところで誰も信用しないだろ」 「佐祐理は約束しますよー、内緒にしておきますね」 「……誰にもいわない」 「うん、お願いします……それじゃ、今度タイヤキ十個だよっ!」 「おれ……帰って寝るわ」 あゆが商店街を歩いていた。 牛丼食って全力疾走して一刀両断されたりしてから三日ほど経っている。 「祐一くん、いないよ〜」 あれから祐一には会っていない。会えばすぐにでもタイヤキ十個の約束を実行してもら うところなのだが。 「ボクと会わないようにしてるのかな」 しかし、そこまでケチな人間ではないだろう、とも思う。 でも、もしかしたらそこまでケチな人間かもしれない、と思う気持ちもどこかにある。 「会いたいな……家まで行っちゃおうかな」 最近会わないから会いたくなって遊びに来た、っていえば……。 「うぐぅ、駄目駄目、駄目だよ」 それでは、まるでタイヤキ目当てに押しかけたみたいではないか。 「食い意地の張った子だって思われちゃうよ」 もう既にそう思われているのだが……。 「どうしようかな……」 考えながら歩いていたら不意に視界に「変なの」が入ってきた。 それは、もぞもぞと動いて電信柱の後ろに隠れたが見事にその全景を隠し切れていない。 「むむ、なんだろう」 擦れ違う時にようく見てみると、それは毛布だった。どうやら、何者かが毛布を被って いるらしい。 「お化けごっこで遊んでいる子供かな」 そう思って気にかけることは無いだろうとそのまま素通りする。 「う〜ん、そうだ。朝、家の前を歩いていれば秋子さんが朝ご飯に誘ってくれるかも」 ぽむ、と両手を合わせる。 「それがいいよ、秋子さんのご飯も食べられるし」 えへへ、と笑いながらあゆは知らず知らずの内に水瀬家の方へと足が向いているのに気 付いた。 「ちょっと、行ってみようかな」 もしかしたら、祐一に会えるかもしれない。 と、その時。 横の方で何かが動いたような気がしたので、何気なく、反射的に視線をそちらに送った。 「……」 途端に、何かがもぞもぞと動いて電信柱の影に隠れたが、もちろん、隠れきれていない。 (さ、さっきの毛布だよ、なんでこんなところにいるんだろ。も、もしかしてボクを尾け ているのかな?) 早足でしばらく進んでみる。 さっ、と横を見る。 「……うぐぅ」 毛布がもぞもぞと動いて、手近に隠れるものが無いためにぴたっと止まって、微動だに しなくなった。 また、早足で少し進む。 横を見る。 「……うぐぅ」 やはり、ついてきていた。 (こ、こんなのに尾けられる覚えは無いよっ。と、とりあえず祐一くんの家まで行くんだ よ。) またまた早足になったあゆは、今度はわき目もふらずに水瀬家へと向かった。 その玄関前に立ったあゆは、念のために後ろを見てみる。 やっぱり、ついてきていた。 「な、なにものなんだよっ!」 あゆは思い切ってその毛布に接近して叫んだ。ここならばいざとなったら助けを求めれ ば祐一が来てくれるに違いない、と少々強気である。 「ふふふふふふふふふ」 毛布から、笑い声が聞こえる。 あゆが思っていたよりもずっと幼い、おそらく女の子の声だった。 (なんだ。やっぱりどこかの子供が悪戯してるんだ。) そう思ったあゆは毛布に手をかけて、それを引き剥がした。 「こらっ。悪戯しちゃ駄目だよっ! ……あれ?」 そこに、見知った顔を見つけてあゆは呆然とした。 「ふふふふふふふふふふ」 水瀬家の居候第二号だ。ご飯を食べさせてもらったり、お泊まりした時に見たことがあ る。しかし、人見知りするというか、祐一と秋子以外にはあまりなついていないらしく、 話したことは少ない。 「なんだ。真琴ちゃんだったんだ」 おそらく、自分の方が年上なので、あゆは真琴をそう呼んだ。 「月宮あゆ……」 「う、うん、なに?」 真琴の表情と声に怪しいものを感じであゆは後ずさった。なんだか、とても嫌な感じだ。 前に見た時とは違う。 「真琴は……肉まんが大好きなの」 「え、そ、そうなんだ」 「あんまんっていうのも食べてみたら、これもおいしかった」 「う、うん」 「タイヤキも食べたらすごくおいしかった」 「うんうん、タイヤキはおいしいよね〜」 タイヤキの話になるや否や、あゆの顔が綻ぶ。 「おっきなタイヤキが食べたいのよぅっ、もう食べきれないくらいなのっ!」 「うん、そんなおっきなタイヤキがあったら食べたいよね〜」 などといいながら、涎が出てくるあゆである。 「真琴の気持ち、わかるわよねぇっ!」 「うんうん、わかるよ」 満面の笑みで頷いた。 「それじゃ……」 真琴が、じりっと距離を詰めてくる。 「ど、どうしたの? なにする気なの?」 「祐一に聞いたんだけど……中身餡子なんでしょっ♪」 にっこりと真琴が笑う。 「うぐぅ、いわないでっていったのに」 とはいっても、あの時、口外しないことをはっきりと約束したのは佐祐理と舞だけで、 祐一は「いったところで誰も信用しない」といっただけである。 どうやら、真琴はそれを思い切り信じたようだ。 「あう〜〜〜」 「だ、駄目だよっ! 来ないでよっ!」 真琴の表情と声と、その前傾姿勢に危険なものを感じてあゆがさらに後ずさった。 「あうぅぅぅぅっっっ!!」 両手を地につけた次の瞬間、真琴が飛び上がっていた。 「うぐぅ〜! 助けてぇ〜〜〜!」 「あうっ! あうっ! あうっ!」 頭に噛り付く真琴とあゆがくんずほぐれつしながら地面を転がる。 「甘〜い! あう〜♪」 口の周りに餡子をつけて真琴は御機嫌だ。 「もっと食べるぅっ」 舌で口辺を綺麗にすると、またもや噛り付いた。 「助けてぇ〜!」 水瀬家のドアが開いたのはその時だ。 「こら! 真琴とあゆだろ。家の前で騒いでるのは!」 祐一だった。 「うぐぅ〜、祐一くん、助けて〜!」 「げっ、お前ら、何してんだ」 てっきり、じゃれ合って遊んでいるとでも思っていた祐一は予想以上の光景に目を見開 いた。 「あう〜、餡子餡子、あう〜!」 「ええい、止めんかケダモノ!」 素早く、どうやら真琴を止めればいいらしい、と気付いた祐一が蹴りを放って爪先を鳩 尾に叩き込んで行く。 「あうっ!」 ふっ飛んで転がって起き上がった時、真琴はようやく祐一の存在に気付いた。 「何するのよ〜!」 「何するって、お前こそ軒先で何やってんだ」 「あゆをちょっと……食べさせてもらってただけよぅっ。あゆが『ボクの顔をお食べよ』 っていったから」 またこいつは、仕事先で園児と一緒になってアニメでも見てきたらしい。 「ええい、とにかく止めろ。『水瀬さんのところのあう〜が人を襲ってた』とかご近所の 噂になったらどうすんだ」 祐一は、真琴に対してこういう類のことに関してはけっこう厳しい。 家主の秋子が祐一から見て、真琴に相当に甘いので、自分が押さえつけておかなければ という気持ちがある。 「うぐぅ」 「おう、あゆ、大丈夫か。うちの馬鹿が迷惑かけたな。おれが代わって謝るから事件にし ようとか考えるなよ」 「頭が痛いよ〜」 「……欠けてるからな」 あゆの頭部の右側にぽっかりと欠けがある。 「とりあえず、外聞というものがあるから、家に入れ……お、美味いな」 「うぐぅ、指で餡子をすくわないでよっ」 「まあ、入れ」 「あ、やっぱりあゆちゃんと真琴だったんだね」 リビングのソファーに座っていた名雪が、あゆと真琴を伴って帰ってきた祐一にいった 。 「わ、あゆちゃん、頭を怪我してるよ!」 「うぐぅ、痛いよ〜」 「見ての通りだ。真琴の馬鹿が食った」 「餡子だ……祐一のいっていたのは本当だったんだね。てっきり冗談かと思っていたのに ……」 「俺は嘘はつかない」 「痛いよ〜」 「ちょっと待ってろ、対策を考えるから……とりあえず役に立つかどうかわからないけど 救急箱持ってきてくれ」 「うん」 「あう〜、あう〜、あう〜、あう〜」 「お前はあっち行ってろ」 「あう〜……」 口から涎を垂らしながら、真琴が距離を取る。だが、リビングからは出て行かないで、 少し離れて様子を窺っている。 「はい、救急箱持ってきたよ」 「おう、だが、そんなもの持ってきてもらったところでこいつを治療する役に立つとも思 えん」 「せっかく持ってきたのに……」 「まあ、包帯は使えるな」 「うぐぅ〜」 「どうしようか……」 「あう〜」 「こら、真琴! あっち行ってろっていっただろ」 「そんなこというと、真琴が考えたアイデア教えて上げないわよっ!」 「お前が、アイデア?」 あからさまに胡散臭そうな目つきで祐一が真琴を見る。 その目は明らかに、馬鹿が頭使うな馬鹿、といいたげであった。 「新しい顔に取り替えればいいのよ!」 「……」 「そうすれば元気百倍!」 「……一理あるな」 「え、あるの!?」 名雪が驚いた顔をする。 「よし、名雪。商店街行ってでっかいあんまん買ってこい」 「そんなの売ってるかな」 「無ければ普通サイズのをたくさんだ」 「うぐぅ〜、ボクの頭はあんまんじゃないよっ!」 「まあ、仕方無いだろ。これからはあんまんまんとして生きていけ、C級アダルトのタイ トルみたいだが生きてればいいことあるって」 「うぐぅ、やだよっ、そんなの」 「しかしな……」 「困ったね……」 「あう〜、どうしたら……」 「うぐぅ、悩むフリしながらボクの頭から餡子を指ですくっていかないでよっ!」 「いや、フリじゃなくて本当に悩んでるんだぞ……甘い」 「お茶が欲しくなるね」 「真琴、甘いの全然平気」 「うぐぅ! うぐぅ!」 「わかったから、暴れるな、あゆ」 「うぐぅ〜」 「泣くな」 「痛いよっ、痛いよっ、痛いよ〜っ」 「しょうがねえな、よし、欠けたとこに餡子を入れて包帯巻いておくか」 「うん、それがいいかも……私、餡子買ってくるよ」 「頼む」 「あう〜、おいしい」 「うぐぅっ!」 「真琴もいい加減に食うのは止めろって、あゆを補修して余った餡子を食べさせてやるか ら」 「補修じゃないよ、治療だよっ!」 やがて、名雪が餡子を買ってきて、祐一がそれをあゆの頭部の欠けた部分に入れ始めた 。 「ここをこうして」 「もうちょっと少なくていいんじゃないかな」 「指でやるとひっついてくるな……なんか無いか?」 「お母さんがケーキとか作る時に使うこれは?」 「おう」 名前は知らないが、クリームなどを塗りたくって形を整える時に使う金属性の用具を、 名雪がキッチンから持ってきた。 「よし、こいつを使って……」 「もっと丸みを……」 「そうだな、丸く整えて……」 それは治療というより補修だった。 (なんか、左官屋みたいだな) (なんか、左官屋さんみたい) (うぐぅ、左官屋さんだ) (あう〜) 「なんか微妙に膨らんでしまったな」 「これ、余りでしょ、余りよね、食べていいのよね!」 祐一の傍らに置かれた山盛りの餡子を前に涎をだらだら垂らした真琴がおあずけを喰ら った犬の姿勢をしながら叫んでいる。 「んー、その前にちょっと仕上げを手伝ってくれ」 「仕上げ?」 「全体的に舐めてちょっと削ってくれ」 「うん、いいよ」 「うぐぅ!」 「今日は酷い目に遭ったよ」 「だろうな」 と、いっている祐一とあゆは商店街を歩いている。 あゆは、微かに餡子の汁が滲んだ包帯を頭に巻いている。 祐一があゆを送っていこうとして、家を出たところであゆがタイヤキ十個の約束を思い 出したというわけである。 「おじさん、タイヤキ十個くださいな」 「……」 「うぐぅ、タイヤキ十個だよ。お金はちゃんと祐一くんが払うもん」 タイヤキ屋の親父がじろりとあゆを見る。 「……中身、餡子らしいな」 「え……」 「……焼かせろ」 「うぐぅっ!」 あゆが、祐一を涙目で見る。 「いや、俺はいってないぞ。俺がいったのは名雪と秋子さんと真琴だけだ」 「だって、他に知っている人といったら……」 「あははーっ! たこ焼き一パックください」 聞き覚えのある声の元を辿れば、佐祐理である。タイヤキの屋台の隣にあるたこ焼きの 屋台の前にいる。 「やあ、佐祐理さん」 「あ、祐一さん。祐一さんたちも舞に会いに……って、そうか、タイヤキを買いに来たん ですね」 「え? 舞がこの近くにいるの?」 「はぇ、気付いてませんでしたか?」 そういった直後に、佐祐理の前にたこ焼きが差し出される。 「……300円」 佐祐理の手から金を受け取ったのは……。 「なんでたこ焼き売ってるんだ。舞!」 「……私は魔物を討つ者だから」 「どういう関係があるんだ」 「あははーっ、舞はバイトしてるんですよ。夜中に学校の窓ガラスを20枚割ったら、と うとう請求書を回されてしまったんです」 「まあ、そりゃ回されてもおかしくはないな」 「うぐぅ、もしかして……」 「あ、そうだ。舞、もしかしてタイヤキ屋のおっさんにあゆの中身のこと話したのお前な のか!?」 「そうなの? ボクに約束してくれたのに……そうなの?」 「……」 「舞……どうなんだ」 「……」 「うぐぅ」 「舞っ、はいかいいえか、どっちなんだ!?」 「……ふううんのぼりりゅう」 「答えになっとらん」 「うぐぅっ!」 「あゆ、どうした!」 後ろからの悲鳴に祐一が振り返れば……。 既にあゆは焼かれていた。 「うぐぅ、うぐぅ、うぐぅ、熱いよっ!」 「安心しろ、あゆちゃん、おいしく焼いてやる!」 「ぬう」 おっさんのあまりの気迫に祐一も手が出せない。 「だ、駄目だ。すごい気迫だ!」 「あははーっ、まあ、あゆちゃんが焼き上がるまでたこ焼きでもどうですか?」 「しかし、あゆが……」 「熱い、熱いよっ! 祐一くん、助けて〜!」 「はい、お一つどうぞー」 「くっ、あゆがあんなに苦しんでいるのに……おれは……何も……できない。なんて無力 ……舞、美味いわ、これ」 「うぐぅ〜! 助けて〜! 熱いよ〜っ!」 「いや、たこもでかいしさ、これで六個300円なんて良心的だよ」 「……サービス」 と、舞が焼き上がったばかりのたこ焼きを一つ、食べさせてくれた。 「う……ぐぅ……う……うぐ……ぅぅ……」 「おう、おっさん、いい仕事するなあ」 「……できる」 「あははーっ、おいしそうですねー」 「うぐぅ、ひどい、ひどいよっ! 祐一くん!」 「いや、でも、焦げ目が美味そうだぞ」 「うぐぅ、こんなの真琴が見たらまた襲い掛かってくるよっ!」 「……あゆ」 「あははー」 「……」 「みんな、どうしたの?」 「……いや、なんか見れば見るほど」 「はぇー、祐一さんと舞もそう思ってましたか」 「……」 「なに? なに? なんなの?」 「香ばしい」 「ですよねー」 「……美味そう」 「え? え? え? え?」 「あゆ、ひとかじりでいいから」 「ほんのちょっとでいいんですよー」 「……かにばりずむ」 「うぐぅ〜〜〜〜〜!」 そして、あゆは欠けまくった。 終