かのんイズム1






    まえがき

      この話は自称常識的一般人である相沢祐一の目を通して
      彼の周りの破天荒(キチ)な人物たちを描き、男の好日
      とは何かを問う話です。
      一部設定に本編とは著しく乖離するようなところもあり
      ますが、なにしろ男の好日とは何かを問う話なので仕方
      が無いと諦めてください。



「いよぅ、相沢よう」
 北川が声をかけてきた。はっきりいってロクでもない用件に決まっているが、無下にも
できない。
「俺さあ、美坂のことが好きなんだよ」
 はあ、まあ、それはわかりすぎるほどにわかってはいるが。
「でさ、俺、けっこう健康的な男の子なわけだ」
 ああ、少し健康を損ねておとなしくなって欲しいぐらいにな。
「だからさ、女の裸なんか見たらチンポは隆々と立つんだよ」
 人がたくさんいる昼休みの教室で放送禁止用語を言い放っても誰も気にしない。そのこ
とでこのクラスにおけるこの男の扱いを察してください。
 さっきから隣の香里も関わり合いにならないように突然本を読み始めてるし。
「でさー、どーも美坂はやらせ……付き合ってくれないようだ」
 ようやく認めたか。でも、その原因が自分にあることも認めないと意味無いぞ。
「でさ、こないだ美坂の写真を拾ったんだよ、よくわかんねえけど、廊下に落ちてた」
 ぱん!
 香里が本を閉じた音だ。
 うわ、睨んでる睨んでる、めっさ睨んではるで。
 なんか下手なこといったらシバかれるな、まあ、この状況で下手なこといわないわけが
無いんだが。
 俺も他のクラスメートも平穏な生活が送りたいのでそういうの勘弁してもらいたいんだ
けどなあ。
「着替え中の写真なんだよ、これが」
 あ、香里さんが席を立たれなさったですよ。
「もう乳首丸見え」
 香里さんがどういう顔してるかについては最早何もいいたくないです。
「美坂って肌がきれいじゃんか。そこにピンクの乳首が……もう、すっげえいいわけよ」
 俺も含めて周りの連中が席を離して避難できる体勢を取る。
「もちろん、俺はそいつをネタに頑張ろうと家に帰ってすぐに素っ裸になったんだ」
 素っ裸かよ。
 とりあえず、香里さんは北川君の後ろで大きく振りかぶっておられますので、次に何か
いった時がこの男の最後になるだろう。
「いや、しかし、そこで問題が発生してな」
 ギリギリギリと胸を反らせる香里さん。
「いや、俺、本当にきれいだと思ったんだよ。なんつーか、その、本気でさ、こいつは正
体を隠して下界で暮らしている天使なんじゃねえかとか」
 無茶苦茶キラキラした目で熱っぽく語る彼氏。
 香里さんは、あ、満更でもなさそうでやんの。よかったな、100の力のところを97
ぐらいに手加減してもらえそうだぞ。
「だから、俺、その写真見て、改めて美坂に惚れたんだ」
 照れ臭そうに頭を掻く。
「で、惚れ直したところで一発抜こうと思ったら……」
 はい、美坂さんの体の反りが限界まで引き絞られました。
 総員対ショック姿勢。
「でもさあ、いざやろうとしたら立たないんだよ。ぴくりともしねえの」
 ……え?
「いやー、参った参った」
「で、お前、どうしたの?」
「どうするもこうするも立たねえもんはしょうがねえからさ」
 ごっ、ばきゃっ!
 説明するとだな。ごっ、っていうのはあれだな、香里さんの拳が北川君のどたまに接触
した時の音で、ばきゃっ! っていうのが北川君の顔面が接触して机が割れた音だな。
「うーーーーー」
 香里さんはというと。
「みんな死んじゃえばいいのよ。みんな殺してやるー!」
 そう叫びなさって教室出て行かれました。俺としましては「みんな殺してやる」とかい
うその気になったらできそうなことを大声でいうのは勘弁して欲しいっす。
 北川君はというと。
「あ、立った」
 さいですか。 
 ちなみに、後日、香里さんが最近ここらで盗撮写真を売り捌いていた組織を壊滅させた
功により警察に標章されたりしました。
 すげー、僕たちの誇りだよ(棒読み)

 平和だ。
 みんなが求めていた平和な学園生活がそこにはあった。
 今、三時限目が終わったとこ。しかも次の時間が自習確定なのでみんな凄くいい気分で
くつろいでいる。
 平和な原因は一つ。
 北川が来てない。そりゃ平和だ。
 あの男さえいなければ北のリーサルウエポン美坂香里(128戦128KO)もおしと
やかな優等生。頼りになる学級委員なのです。
 我々は、日頃から平和な学園生活を送りたいと願い、それを粉砕されている哀れな人間
でありますが、なにしろあの男は目が覚めたのが昼だったから学校休んじゃえ、とかいう
ことが珍しくなく、時々、そうした完全平和の日があるので、なんとかなってます。
 はあ、平和だ。
 平和で平和でしょうがない。
 もう平和ボケ上等っていうか。頭の上をミサイルが飛んでいっても見なかったことにす
るぐらいに平和ボケたいです。俺たち。
「おっはよーーー」
 ごつごつごつん。
 廊下から聞こえてきた声に頬杖をついていたクラスメートたち(ちなみに俺もその一人)
が顎を机に激突させた。
 みんなが絶望に沈む中、勢いよく扉が開き、あの男が入ってくる。
「だっしゃ、コノヤロウ。立ってますかー!」
 相変わらずのロクでなしぶりであります。
「チンポが立てばなんでもできる」
 独り言だ。もういい加減に慣れた。しかし、この男に耐性などついてしまって俺たちは
ちゃんと社会復帰できるんだろうか。
 頼むから今日は香里を刺激したりせんでくれ。
 まあ、最近は香里も耐性ついてるからちょっとやそっとじゃ怒らないけど。
「しおりんのほっぺはぷぅにぷに♪」
 やっぱ駄目っす。この馬鹿だきゃあちっとも学習してくれません。
 どんなに耐性がついたといっても重度のシスコ……妹想いの香里さんであります。栞だ
けは、栞だけはいじったらいかんのです。わかってんのか、わかってねえわな、お願いだ
から少しはわかってくれ。
 なにしろ、奇跡的に一命をとりとめて今は元気に学校に通っている美坂栞でありますが、
数ヶ月前まではいつ死ぬかわからないような状態でありまして、香里さんもそれはそれは
思い悩み苦しんだのです。
「たぶん、あの子が死んだら、あたし、あの子の遺骨を全部飲んでたと思う」
 とか、物凄い真面目な顔でいわれなさった香里さんです。骨壷から骨を掻っ込んで食ら
う香里さんを鮮烈に想像してしまった時だけは自分の想像力が嫌になったとです。
 だから頼む。それだけは止めてくれ北川。
「しおりんのお尻はぷぅりぷり♪」
 悲しいことに俺のこの願い。適ったことがありません。俺、けっこう一部では「奇跡を
呼ぶ男」とかいわれてるんですが、この外道だきゃどうにもできんのです。
「しおりんのバストはぺったぺた♪ ……でも、それがまた……」
 香里さんは……すげえ、どす黒いオーラを放ちながらも耐えてる!
「しおりんのマン……」
 ごきゃっ!
 そりゃしょうがないっす。香里さん、よく耐えたと思います。
 ところで、俺は、こっちに来てからというもの、人間が空中を横回転して飛んでいくの
を珍しいとも思わないようになりました。
「よっしゃ、寝るぞー」
 扉をぶち破って廊下の壁で受身をとって、北川が帰ってきた。
「へっへー、見たい夢を見るおまじないを知ってるか?」
 ぴんぴんしてやがる。以前理由を尋ねたら「受身とったからな」だそうであります。た
ぶんこの男、機関銃で撃たれても倒れる時に受身とったら大丈夫です。
「見たい夢の内容を紙に書いて、それを枕の下に入れて眠るんだよ」
 えらい陳腐だが、なんか昔そういうのあったような気がする。おまじない、っていうか
ちょっと都市伝説に近いような。
「そういうわけで、俺は夢の世界に旅立ってくる」
 二度と帰って来ないで下さい。
 北川は、カバンから十枚ほどのレポート用紙と枕を取り出した。
「そんじゃ!」
 ぱたん、と枕の上に突っ伏して十秒。北川は寝息をたて始める。一秒で寝ることができ
る名雪のせいで目立たないけど、こいつも寝るのは早い。
 くー、かー、くー、かー。
 一定のリズムを刻んで幸せそうな寝息が北川から漏れる。さすがのこの生き物も寝てる
時は無垢であどけない顔になる。
「……不覚」
 香里さんが拳を思いきり握り締めておられます。ああ、わかります。北川の寝顔見てち
ょっと可愛いとか思ってしまったのですな。
 実際、怖い物見たさが半分、なんか可愛いからが半分で北川に近付く一年生の女の子と
かいるらしいしなあ。彼女たちの評価は概ね「全然怖くなくって、むしろ面白い人」らし
い。まあ、そりゃ時々話すぐらいならそうかもしれん。「遠くから見てたら面白い」とい
うのは、俺も同意する。しかし、こっちはなにしろ毎日のように手を伸ばせば触れる場所
にいたりするのでたまったものではない。
「うーん、んーーー、えへー」
 寝息に、不気味な声が混じり始めた。夢の世界に行っているのだろう。
「うーん、美坂」
 香里さんが、わかってるわよ、わかってたわよ、とでもいいたそうなお顔で頭を振って
おられます。まあ、北川が見たい夢だからなあ、そりゃあ、当然のように香里はキャスト
に入ってるだろう。
「美坂、好きだ。世界の誰よりお前が好きだ!」
 えれぇ大きな寝言で告白しやがった。
「そっか、へへ、わかった」
 なんか声のトーンが落ちたな。
「じゃあな、美坂。でも、困ったことがあったらなんでもいってくれよ」
 落ち着いて、柔らかい、包み込むような声。こいつの声帯はこういう声を出すことがで
きたのか。
「へへへ、参ったな。わかっちゃいたけど、振られちまったぜ」
 俺が見ると香里もこっちを見ていて目が合った。
 なんだこいつ、てっきり夢の世界で香里とぐっちゃぐちゃになるのかと思っていたのに、
そう来ますか。
「美坂。幸せにな。俺は美坂さえ幸せになってくれたら……」
 げ、こいつ、寝ながら号泣しとる。
「やあ、なんだ。今の見てたのか」
 ん、どうやら場面が変わったようだぞ。
「参ったなあ、じゃあ、泣いてるとこも見られちまったわけか」
 どうやら脳内レイプの危険が去ったようなので香里さんが本など読み始めております。
「え? ほ、本当かい」
 しっかしこいつ、よう喋るな。
「そ、そりゃ嬉しいよ。でも、そんなすぐに気持ちの切り替えはできないよ」
 んー、推測するに、香里に振られた直後に他の女の子に告白されたってとこかな。
「それに第一君は……わっ、止めろって、いきなりそんなことされても困るよ。君が嫌い
とかじゃないんだ。その、むしろ、かなりいい感じだとは思ってた。でも……」
 一体誰が相手なんだろ。俺が知らない子というのもありうるな。こいつ意外に顔広いか
ら。
「止めるんだ。栞ちゃん!」
 ぱぁん!
 香里さんが本を閉じた音であります。
「そんなこと……いや、そりゃ栞ちゃんみたいに可愛い子にこんなことされて嬉しくない
わけが無いじゃないか」
 睨んでる睨んでる。めっさ睨んではるで。
「でも、美坂に振られたすぐ後にとてもそんな気にはなれないよ。うっ、だから、止めっ
てってば」
 あ、香里さんが席を立たれなさったですよ。
 はい、大きく振りかぶられました。
「駄目だ。栞ちゃん! もっと自分を大切にするんだ!」
 お、意外にも毅然とした声だ。
「だから、こんなことは止め、ううっ!」
 ぐしゃっ。
 もうなんの音かは説明しない。
 香里さんはというと、裏拳で壁に亀裂を入れながら教室を出て行かれたです。どっかで
ストレス発散させてくるつもりなんだと思います。この場で発散しない香里さんはやっぱ
り優しいと思います。
 こいつの机、毎日のように壊れるよな……。

 昼休み。生徒会長自ら北川に説教しに来ました。もちろんさっぱり堪えてませんが。
「しょうがないから、君の机はこれだ」
 そういって久瀬君が持ってきたのはみかん箱でした。これなら多少潰れても大丈夫です。
「うわ、酷えなあ、会長〜」
 むしろ遅過ぎたぐらいだ。
「中にたっぷりと綿を入れてあるから、上から力を受けても衝撃をかなり吸収してくれる
はずだ」
「おー、なんだ。意外と考えてくれてるんだな。サンキュ」
「……床に亀裂を入れられてはたまらんのだよ。実際」
 相変わらず気苦労が多いようだな。まあ、よくいえば個性派ばかりだからな、うちの学
校。悪くいえば、まあ、いいじゃないか、それは。
「うし、そんじゃ飯にすっか。おらぁ! 会長。おめえも食ってけ」
 そういうことになった。

 いつの間にか、生徒会長と問題児と俺の三人で「女が男に求めているのはなんぞや」と
いう議題で話すことになっていた。ようはどういう要素が女にモテるか、ってことだ。
「やっぱり、優しさじゃねえかな」
 僭越ながら、優しいところが好き、とかいわれたことがある。
「金と地位だろう。ようは経済的な安定と名誉心の満足だな」
 うーん、諸手を上げて賛成しかねるが、金は無いよりあった方がいいよなあ。
「どう考えてもチンポのでかさだろう」
 もう誰でもいいからこいつをなんとかしてください。
「おし! みんなに聞いてみようぜ」
「うむ」
「……みんなって、女子に?」
「おう!」
 すっげえ気が進まねえー。
 一番近くにいた香里と名雪に北川と久瀬が声をかける。
「そういうわけで、女子にアンケートをとっていただきたい!」
「会長命令である」
 この久瀬というのも、こいつはこいつでタチ悪いなあ。
 結果は放課後には出た。香里が渋々と呼び掛けたら意外にも女子が面白がって進んで答
えてくれたのだ。
 で、集計の結果。俺が挙げた「優しさ」が断然トップだ。久瀬の「金と地位」もそれな
り、というか、優しさを選びつつ「でも、お金も無いよりはあった方が」って補足してる
のが多かったな。
「くそ、なんだよ。俺が間違ってたのかあ!」
 間違ってたんだよ。
「そうか。畜生! でかいのに俺がモテないのはそういうことだったのか!」
 ……ん?
 なんか今、クラスの女生徒諸君の間に「え、北川君ってでかいの?」とでもいうような
妙な空気が流れたんだが。
「ど畜生! そうだったのか!」
「おい、北川北川」
「ん?」
「……でかいの?」
「俺もそんなに他人の見たことあるわけじゃねえけど……」
 といって、北川が耳打ちしてくる。
「うわ、でかっ!」
「おー、やっぱりそうだろ」
 ちょっと誇らしげになるが、すぐにまた落ち込む。
「でもなー、それでもモテやしないんだから意味ねえよなー」
 いや、そう悲観することも無いぞ。男に尊敬されたりするし。
 でもな……
「美坂はどうだ〜? チンポでかい男は?」
 そういうこというのは「デリカシーが無い」ということでモテない原因だぞ、友よ。
 それに、そういうこというと上から何かが降ってくるわけだ。
「うむ、床には損傷無し。これでいけそうだな」
 うちの会長は職務に熱心です。タチ悪いけど。

                                     終


     次回予告

        「今日は北川さんとお出かけです」
         とか美坂栞がいい出したもんだからさぁ大変。
         何しろ北川がでかいので色々とアレだったりする。
         いつのまにか妙に仲がいい二人にリミッターを外そうと
        する香里さんを必死に押し止める祐一の苦悩を通じて男の
        好日とは何かを問う。
         鋭意製作中。






メインページへ