かのんイズム11







     まえがき

       この物語は、一話完結形式をとっているために終わり
       どころを見失うという作者にとっては珍しくもない事
       態に陥った三文kanonSSである。
       誰が三文じゃ。そんな早起きしたら得られる程度のい
       われようでは俺の立つ瀬が無くなるんだよ。大体、早
       起きなんて早く寝りゃできんだよ、名雪じゃあんめえ
       し。まあ、人間眠い時はいくらでも寝てしまうことも
       認めるが、ボクもねこ好きなことでは負けませんよ。
       ねこっ。
       そういえば前回のAIR編ではこのまえがきをつける
       のを忘れていたのをたった今思い出したのだが知らん。
       



「あたしと北川君はそんなんじゃないわよ!」
 香里のそんな言葉をもう何度聞いただろう。そんなんじゃないそうなのだが、一部……
というにはけっこうな人数が「そんなん」だと思っているのが現実である。香里も要所要
所で北川を突き放せないのが原因だというのは、頭のいい奴だからわかってるんだろうが。
「でも、お姉ちゃんが仲良くしてる男の人って、北川さんと祐一さんぐらいだし、祐一さ
んは名雪さんとお付き合いしてて、北川さんが事あるごとにアレですから、しょうがない
ですよ」
 と、いかにも諦めなさいとでもいいたげに分析するのは、妹の美坂栞である。
「あたしだって、仲良くしてる男子ぐらい……」
 と、いって止まる。いない、ということに今更気付いたらしい。香里は、なんだかんだ
で近付き難いとこある、よくいえば高嶺の花と見られているということなんだけど。
「うー」
 香里が、唸っている。
「あら」
 下駄箱を開けて、香里が声を上げた。
「どした?」
「……こんなものが」
 その手には、封筒があった。ラブレターか、果たし状か。しかし、香里に果し合い挑む
ような怖いもの知らずがいるとも思えんのでラブレター、いや、でも香里にラブレター出
すような怖いもの知らずがいるとも思えんのだが、やっぱり果たし状に比べたらラブレタ
ーの可能性の方がちょびっと高いか。
「呼び出しね。なんなのかしら」
 後ろから覗き込むと、香里は隠しもしないで見せてくれた。差出人は三年生の男らしい
が、知らない名前だ。香里も知らないという。
「話がある。明日の日曜日に駅前のベンチか……何かしらね、いきなり」
「……告白するとか」
「でも……名前も知らない人よ」
 あれこれ話していると、一年生の下駄箱の方から栞がやってきた。
「どうしたんですかー」
「ああ、栞。これどう思う?」
 香里は、栞にもあっさりと見せる。
「一見ラブレターですね。でも、ホント呼び出してるだけですね」
「そうなのよ」
 香里はどうしたものか、という表情だ。
 帰り道も、それについて話しながら歩いていたのだが、結局香里は、それに応じること
にしたようだ。
「正直、放っておいたら放っておいたで気分悪いわ。明日は暇だし、なんの話か知らない
けど、そんな長い話でもないでしょ」
「でも、罠かもしれませんよ。ノコノコ行って襲われたらどうするんですか?」
「殺すわよ」
「それもそうですねー」
 さすが香里さんだ。不安になる暇も無いぐらいに安心だぜ。
 しかし、それにしても北川がいないでよかった。話ややこしくしてたに決まってるから
な。

 翌日、日曜日。
「ミッションです」
「なんじゃ、朝っぱらから」
 朝もはよから栞に叩き起こされた。
「今日はお姉ちゃんがラブレターで呼び出された場所へ行くんです。監視しますから、祐
一さんも来てください」
「ああ、そうだったな。ていうか、あれ、やっぱラブレターかな?」
「そりゃそーですよ」
「それにしては、えらいあっさりと行かせたな。監視するぐらいなら、そもそも行かせな
ければいいのに」
 栞が、そんな怪しげな呼び出しに応じることはない、お姉ちゃんのことが心配なんです
ぅ、とか色々いいまくれば、たぶん香里は気になりつつも放置したと思うんだが。栞は姉
の伴侶は北川しかいない、とまであいつを推してるんだから、そうすればよかったのに。
「まあ、その辺は大丈夫ですよ。そんな簡単にお姉ちゃん落とせるんならとっくに北川さ
んに押し切られてますよ」
「そりゃそうだが」
「それに、ちょっと私の説を証明する機会なんです」
「説?」
「まあ、それは証明された暁に説明します。さ、行きましょう」
「しょうがねえなあ、付き合うよ」
 気になる、っていや気になるしな。

「いましたよ」
 午後一時二十五分。待ち合わせ場所の駅前のベンチに、香里はいた。待ち合わせ時間は
確か一時半だったと思うが、相手はまだ来ていないようだ。香里の見てくれはというと、
外出するので、そこそこおめかしはしているようだが、基本的に地味といってもいい。
「うー、元がいいといいですよね。あんな地味な服着てても目立つんだから」
 栞がやや当初の目的を忘れて、羨望の眼差しを送っている。こいつも可愛いと思うけど
なあ、悪い子だけど。
「あ、男が来ましたね。女を待たせるなんてマイナス300点です。これでマイナス29
0点ですね」
 持ち点10点からいきなり300かよ。
「これが北川さんだったら、お姉ちゃんとの正式なデートとなったら、前日夜から泊り込
みますよ」
 うん、泊り込むと思う。
 相手の男は、まあ、なんていうか……ふつーだな、見覚えも無い。まあ、学年違うし、
転校生の俺はあまり知らないんだから当然か。ま、悪い人間には見えないな。襲って返り
討たれて屍を晒すことはなさそうだ。
 男は明らかに緊張した面持ちで何か喋っていた。よく聞こえないが、まずはいきなりの
不躾な呼び出しを詫び、それへ応じてくれたことに感謝しているようだ。
 香里が手を振って困惑しているようだった。男は、やはり緊張しているようだが、真剣
な表情で何かいっている。
「ふむ、ふむ」
 栞が頷いている。
「お姉ちゃんの服に盗聴器を仕掛けてあります」
「ほー」
「相手の男、ガッチガチになりながらも、なんか喋ってます。でも、告白はしないですね。
とりあえず、今日一日だけでいいから付き合って欲しいといってます」
「香里は?」
「一応断ろうとしてるみたいですけど……押し切られそうですね」
「え? 香里が?」
「相手が、メチャクチャ真剣ってのもあるけど。基本的に、ねこ被ってる時のお姉ちゃん、
弱いとこありますから」
「そうなのか」
「祐一さんは、名雪さんを介して知り合ってますからね、最初からかなり打ち解けてたか
らあまりそういうとこは見てないでしょうけど」
 栞の話に相槌を打っているうちに、二人が動き出した。
「押し切られましたね。私の説を証明するには好都合です。行きますよ」
「へいへい」
 映画館、喫茶店、ゲーセン。
 まあ、定番といえば定番なコースを回る香里と名も知らぬ先輩を尾行して、俺と栞は移
動した。で、どうかというと。
「……何にも起きませんね」
「起こらんな」
 なーんも起こらないのである。ひたすら、ふつーに各所を回ってるだけだ。そりゃ、初
めてのデートで、しかも香里の方にはいまいちそういう意識が無くて、それまでそんな知
った仲ではないんだから、そうなるんだろうが。
「お姉ちゃん、ねこ被りまくってますね、詐欺ですよ。あれ」
「……まあ、被ってるな」
「あんなんで結婚してその後に本性現したら、離婚されて慰謝料取られますよ」
 そうこうしているうちに、暗くなってきた。先輩が香里を送っていくようだ。
「結局、なんか、なんも無かったな。会話も弾んでいたようには見えなかったし」
「お姉ちゃん、ねこ被りすぎですよ」
「まあ、確かに」
「私の見るところ、二回、殴ろうとしましたね」
「は?」
「先輩が、悪気は無いんだろうけど、ちょっとカマかけるつもりで下ネタっぽいこといっ
たんです。まあ、盗聴してなくてもわかりましたよ。お姉ちゃんの背中が、殴りたい、っ
ていってました。私にはわかります」
「そ、そっすか」
 二人は、公園に入った。香里が、もう家はすぐそこだから、ここまででいいといってい
た。
「そうか、今日は、ありがとう。付き合ってくれて」
 上手いこと、近くの茂みに隠れることができたので、盗聴器を使わずとも声を聞くこと
ができた。
「実は、今日は凄いおっかなびっくりだったんだ」
 先輩は、俯きながらいった。
「この前、君のことを見かけて、その……気になってしょうがなくなって。で、君がどん
な人か調べたら、その……なんか、学年首席だって聞いて、えと、それから、なんか、凄
い話を色々聞いて」
 凄いですか。凄いですよ、そりゃあ。アレとかアレでしょう。
「なんか、クラスメートの男の子をぶん殴って回転させてる、とかいう噂まであってさ」
 あはは、と先輩は笑う。
 いや、先輩、それガチです。噂じゃねえです、鉄板で事実です。俺はこの目で見たんで
す。
「なんかみんな、あいつは止めとけ、っていってたけど、でも、今日一日一緒にいて、そ
んな噂が根も葉も無いものだってことがよくわかった」
 根は地中深く、葉は生い茂り、だって俺はこの目で(以下略)
「美坂さん。君は美人でおしとやかな、とても素敵な女性だ」
 先輩が、香里の両肩に手を置いた。
「好きだ。俺でよければ、付き合ってくれないか」
「え、えっと」
 香里は、そんなことになるとは思っていなかったのか、戸惑った顔で先輩を見つめる。
ねこ被り継続中なので、その顔は、とても儚げな顔に見える。普段を知らなければ。いや、
私めはほら、色々見てるから。うん。
「み、美坂さん」
 だが、その顔が先輩のスイッチを思い切り入れてしまったのか。先輩は香里の肩に置い
た掌でそのまま肩を掴み、引き寄せようとする。
「ちょ」
 香里が慌てて、腕を間に差し入れて、掌で先輩の肩を押して遠ざけようとする。
「好きなんだ。本当に」
「止めて下さい」
 香里が少し身を捩った。
 先輩の肩が弾けるように後退して、仰け反った体勢になり、結局倒れて先輩は尻餅を着
いてしまった。
「あー、寸頸入れましたね」
 ああ、やっぱりできるんですね。そういうことが。
「でも、たぶん今のもお姉ちゃんは不満ですよ。あの距離なら肘が使えるじゃないですか。
それと肩みたいな無難な場所じゃなくて急所を行きたいはずです」
 さいですか。
「先輩、ごめんなさい」
 香里は、倒れている先輩に向けて深々と頭を下げた。
「いや、こっちこそごめんな……」
 先輩は、夢から醒めたように、あっさりといった。今の「ごめんなさい」が先輩を押し
退けた(寸頸)のと同時に、告白への返事だと悟ったのだろう。
「あの、あたし……その、ねこ被ってました」
「うーん、ということは、実はもうちょっと活発な子なのかな。でも、おしとやかなのも
いいけど、そういうのもいいと思うよ」
「えっと、いえ、先ほど先輩が根も葉も無い噂っていった通りの子なんです。あたしは」
「へ?」
「気安くなると、些細なことで殴るし、些細なことじゃなかったら殴りまくるし、ああ、
男を一人、観覧車から落とした話は聞きました? あれも、本当です」
「……」
 先輩は、ぱくぱく、と口を開閉している。声が出ないようだ。
「まあ、殴るっていっても、クラスメートに一人頑丈なのがいて、ぼこぼこ殴るのはそい
つだけなんですけどね」
「北川君かい?」
「知ってるんですか?」
「いや、その君の物凄い噂話に必ず出てくるのが、その北川君だからね」
「う……そうですか」
 自分の噂話に北川が常に付属してくると聞いて、香里はなにやら複雑な表情である。
「実は、今日も、二回ほど、そいつだったら殴ってる場面がありました」
「そいつのこと、好きなの?」
「わかりません。嫌いじゃないのは確かです」
「そうか」
「すいません、あの、先輩は悪い人じゃないと思います。優しい人です。でも、あたしは、
あの馬鹿が好きなのかはわからないけど、好きになるなら、あたしが思い切り殴ってもピ
ンピンしてるような奴を好きになると思います」
「はは、そっか。それじゃあ、俺は無理だな。打たれ弱いもん」
 先輩は、今日は本当にありがとう、と一言いうと、足早に、去っていった。
「うーん、そんなに悪い人じゃなさそうでしたね」
「ああ、ちょっと、気の毒だったかな」
「ええ、お姉ちゃんのことを好きになるなんて、気の毒としかいえませんね。今日一日で
実証された私の説によれば、正直、あの程度じゃ駄目です」
「ああ、そういえばその説ってのは、結局なんなんだよ」
 栞は、二人を尾行中も、ふむふむと頷いていることが多かった。
「はい。お姉ちゃん北川さん中毒説です」
「……なんじゃそら。北川中毒?」
「はい。お姉ちゃんはもう一年以上、北川さんの好意を言葉でも態度でも空気でも、とに
かく様々なもので受けてきました」
「うむ」
「お姉ちゃん自身は恋愛的な意味で人を好きになったことが無いですが、お姉ちゃんの中
で、異性を好きになることの基準がそれになっているんです」
「つまり、北川ぐらいの好意を受けないと、相手が自分を本当に好いているんだ、って実
感できないということか?」
「その通りですっ。さっきの人も、人並みぐらいにはお姉ちゃんのことが好きみたいでし
たが、そもそも、ねこ被っていたということもあり、お姉ちゃんには、相手の気持ちが実
際より軽く感じられているんでしょう」
「なるほど」
 そういえば、元々そんなつもりもなく、なんとなく頼まれて付き合っていたのだとして
も、いざ告白された時の驚きが少ないようにも見えた。どうしても実感が無い、というよ
うな。
「つまり、お姉ちゃんはもう北川さん以外では感じない体に」
「何いってんのよ、あんたは」
「えう、みしみしいってます。えう」
 俺と栞が「お姉ちゃん北川さん中毒説」に夢中になっている間に北川中毒者もとい香里
さんが茂みを迂回して、背後から栞のこめかみに拳骨でグリグリしていた。
「祐一さんとデートしてたんですよう。そうしたらたまたま」
「そ、そうそう、たまたま」
 栞が咄嗟にバレバレの言い訳をして、俺も合わせる。
「どうせ一日中尾行してたんでしょ。……不覚にも気付かなかったわ」
「それはもう、お姉ちゃん、ねこ被るのに必死でしたもんね」
「栞っ!」
「えうっ」
 栞が咄嗟に俺を盾にして香里のグリグリを防ぐ。
「でもでも、思い切り殴ってもピンピンしてる奴かー」
 にやにやしながら栞がいうと、香里がそっぽ向いた。さすがに、聞かれちゃいけないこ
とを聞かれてしまったと思っているようだ。
「そんな人、一人しかいませんよー」
「あーもー、うっさいわね。体のいい断りの言葉よ、あんなの。帰るわよ、もう」
「はーい。それじゃ祐一さん、今日はデートしてくださってありがとうございました」
「はは、それじゃあな」
「ごめんね、相沢君。栞のせいで日曜日潰しちゃって」
「まあ、いいさ」
 二人を見送ってから、俺も家に帰った。

「おし、じゃ、好きにしろ」
 光の速さのHRといわれて生徒に大好評の我が担任石橋教諭のHRは、今日も順調に一
分かからずに終わった。
「よーし、行くぜえ!」
 北川が立ち上がる。鞄を持って教室を出て行く。
「どうしたよ。なんかあんのか?」
 俺が声をかけると、振り向いた。
「おお、ちょっと特訓するんだ」
 いいつつ、チラチラと香里を見ている。いつものことだが、怪しいことこの上ない。
「特訓ねえ」
 北川が異常に気張ってなんかやるのは珍しいことではないので、それは流すことにする。
今日は名雪が部活無いというので百花屋に寄っていくことにした。
「あ、ごめん、ちょっとあたし、職員室に寄っていきたいんだけど」
「あ、大学の推薦の件?」
「ええ」
「そっかー、香里は早くも推薦貰えるのかー、いいなあ」
 そろそろ、来年の受験に向けて準備をしなくちゃ、とか思い始めている、という現状の
人間にとっては羨ましい限りだ。まあ、香里は入学してから今までずっと頑張ってきたん
だから、俺みたいな試験前だけちょい頑張ってる人間とは違う待遇なのは当然だけどな。
 職員室前の廊下で名雪と立ち話をしていると、香里は五分ほどで出て来た。好感触だっ
たらしい。
 下駄箱に来た時、香里が一年の方のそれを見て、栞がまだ学校にいるようだと確認した。
「あの子拾っていくから、先に行ってて」
 みんなで探した方がいいだろう、といったのだが、香里はそれを断った。……俺と名雪
の二人にしよう、とか気遣われたかな。
 下駄箱を出て校庭に出る。サッカー部とか野球部が校庭を使用している。と、その片隅
に、異様なオーラを発してあからさまに各部の皆様を威圧している連中がいた。
「よし、やれ!」
「おし、来い!」
 おそらく、野球部から借りたのであろう。バットを持った男たちが、一人の男をそれで
叩いている。手加減も何も無い。フルスイングだ。
「おいおい、何やってんだよ、あれ。やべえだろ」
 近付いていくと、バットを持っているのは見覚えのある生徒会の役員たちであり、そい
つらに指示を出しているのが久瀬、フルスイングでかっ飛ばされているのが北川であるこ
とがわかった。
「何やってんだ、あいつら」
 とりあえず、叩かれてるのが北川なので物凄い勢いで安心してしまったのだが、この外
聞が果てしなく悪そうな儀式は何なのか。これが北川のいっていた「特訓」なのだろうか。
「わー、あれ、何部なんだろうね」
 あんな部活があってたまるか。
「おいおい、何やってんだよ」
 と、俺が近付いてそう問いかけた頃には、この「部活」は次の種目に移っていた。北川
が、コンクリートの塊に頭を打ち付けている。
「ああ、彼の特訓の手伝いをしているところだ」
 久瀬が、答えた。
「特訓?」
「詳しくは知らん。とにかく手伝ってくれと頼まれたんだよ」
「おい、北川」
「んむ?」
 額からダラダラと血を流した北川が俺の方を向いた。
「何やってんだよ」
 俺は改めて北川に聞いた。
「んむふふふふふふふふ」
 なんか笑うてまっせ。
「ふふふふ、俺は聞いてしまったんだ」
「何を?」
「美坂の好みのタイプだ!」
「はあ」
「なんでも、美坂は思い切り殴ってもピンピンしている打たれ強い男がタイプとか!」
「はあ」
「んむふふふ、これで俺も美坂に相応しい男になるぜー」
 がつん、がつん、とコンクリートへの頭突きを再開する北川。
 なるほど、それでこんな拳道会みたいなことやってんのか。
 でもな……。
「うりゃあああああ!」
 がつん、がつん、がつん、がつん。
 お前がこれ以上鍛えてどうすんだよ。
「……何してんのよ、こいつは」
 いつの間にか、背後に香里がやってきていた。がつんがつんといわしている北川に、心
底呆れた視線を送っている。
「ふっ、さすが北川さん、早速動き始めましたね」
 栞もいて、腕組みしてにやにやしている。

 一ヶ月も経った頃だろうか。
「この馬鹿っ!」
 香里さんの鉄拳が唸って北川がふっ飛ぶ。
「痛っ!」
 香里が、顔を顰めて、自分の拳を見る。
「んむふふふふふふふふ」
 北川はニコニコしている。
 お前、鍛え過ぎ。

「こっちの手がもたないわ」
 数日後、香里がメリケンサックを持ってきた。
 殴るの止める、っていう発想はせんのな、お前も。
 いったら素拳でだけど殴られかねないからいわないけど。


                                    終
 




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